
おっさんだけど、仕事辞めて北海道でチャリ旅するよ\(^o^)/ Vol,29 神聖
2024 0806 Tue
わたしが一番トガっていたとき。わたしが一番キレていたとき。そして、わたしが一番チョーシこいていたとき。それは、間違いなく鳶をやっていたときです。

大学を卒業し、地元である姫路で就職したのですが、新卒で入社した会社に速攻で絶望しました。そして、その年の夏に上京するのですが、当然カネも無ければ住む家もない。当時は情報すら無かったので、関東版のアルバイト情報誌を本屋で見つけ、その情報だけを頼りに上京しました。麻布の新聞屋です。これはこれで、Fワードを禁じ得ないストーリーがあるのですが、それはまた別のお話です。
麻布の新聞屋も速攻で辞め、たどり着いたのが川崎の土建屋です。ここで1年半、鳶として働くのですが、わたしはこの鳶という仕事を通じて、働くということの基礎を教えてもらいました。
鳶は格好から入る。鳶は舐められてはいけない。鳶で強気で臨む。
もろもろ説明すると長いので端折りますが、要はほとんど喧嘩腰で仕事をしていたのですね。喧嘩をしても詰まらないし、喧嘩をして得なんてないんですが、ただいったん喧嘩するとなったら負けちゃいけない。しかも、上手いこと喧嘩を仕舞わなくてはいけない。
あの時代に鳶をやっていた人ならわかるのと思うのですが、鳶ってそういうもんだったんですよ、マジで。少なくとも、川崎では…。

そんな鳶時代のわたしは、ふと、あることを思い出しました。
“これ、さすがにいまなら怖くないやろ…”
そして、レンタルビデオ店で借りてきたのが映画『オーメン』です。
ガキの頃テレビで観て、トラウマになるほど怖かったオーメン。子供が三輪車を漕いでグルグル回るシーンは、未だ鮮明に覚えています。大人になったらもう一度観てみよう。そのときは、さすがに怖くないはず…。
そんなこんなで久しぶりに観たオーメン。結果から言うと、その夜は、小便をしているときに何度か後ろを振り返りました。それほど怖かったのですよ、青年時代のわたしが…。一番イキがっていた時分のわたしが…。

そして後年、こんな情報をさらに仕入れるのです。
「オーメンの本当の怖さは、キリスト教圏の人々にしかわからない」
要は『オーメン』ってキリスト教の悪魔とかの話ですから、キリスト教の地盤があってこそ本来の怖さを発揮するらしいのです。それを聞いたとき思いました。
“これ、オレがクリスチャンやったら死んでたな、ビビりすぎて…”

わたしは日本人的に言うと無宗教です。正月には天満宮にお参りし、夏には盆踊りを踊り、秋には収穫祭という名の喧嘩祭りに酔い、冬にはクリスマスケーキを喰い、年末には除夜の鐘を突く。しかしその実、多くの日本人と同じく、結局はアニミズムが根底に流れる、神道と仏教のごちゃまぜなんですよね。山に神を感じ、渓に神を感じ、岩に神を感じ、海に神を感じる。八百万の神ってやつですね。そんな自分の宗教観は、それなりに気に入っています。

渓流釣りを愛するわたしがもっとも神聖に感じる場所、それはやはり渓です。滔々と流れる渓。源流域の渓は、太古からの自然そのままです。最初はたった一滴の水、それが集まって渓になる。それは理屈として知っていても、到底理解の追いつかない自然の摂理です。その渓の、なかでも滝つぼに入るとき、わたしは神の存在を感じずにはいられません。尽きることなくザンザン降り注ぐ流れは、その轟音で聴覚を遮断し、その水しぶきで触覚に加え嗅覚も曖昧になります。端的に言うと,畏怖するのですね、自然の圧倒的な力に。


福島県のとある渓の滝つぼで尺岩魚を釣ったとき、わたしは震えました。
ルアーを滝つぼに放り、アクションする間もなくフォールでアタリがありました。異常に強い引き。しなる竿を絞り、夢中でリールを巻きました。やがて見えてきたのは、トレブルフック(カエシ付きの3本フック)を咥えた尺を優に超える大物です。色気を出したわたしは、その大岩魚を写真に収めようとして、普段ほとんど使わないランディングネットを使いました。と、そのネットがトレブルフックに絡みつき、大岩魚が暴れれば暴れるほどがんじがらめになってしまったのです。写真などどうでもよくなったわたしは、必死で岩魚をネットから外そうとするのですが、なかなか外れません。ようやく滝つぼにリリースしたとき、大岩魚はかなり傷ついていました。もしかすると、もう生きられなかったかもしれません。よろよろと水中に潜っていく大岩魚を見て、わたしは恐れを抱きました。この神聖な滝つぼで、神聖な岩魚を殺してしまったかもしれない…。

それからです。ルアーのフックをすべてカエシなしのシングルフックに付け替え、岩魚を釣っても魚体に触れることなくリリースするようにしました。

北海道は斜里町のとある渓。いつものウェットウェーディングスタイルで渓流釣りに挑んだわたし。入渓地点の橋からでも見える、一つ目の大場所で、視たのです。小さな淵に群れる、大きな紅黒い魚体を…。2尺に迫ろうかというサイズの渓魚、明らかに海から戻ってきたであろう渓魚が、上流に頭を向け淵の底に留まっているのです。何尾くらいでしょうか? 20尾以上は泳いでいたかもしれません。マス科特有の紅い婚姻色を身に纏い、鉤鼻も勇ましく、上流を睨みつけます。もちろんルアーになど見向きもしませんよ、彼らは。彼らは、長旅で傷ついたボロボロの躰で、それでも本能剥き出しに上流を目指し、そしてつがい、子孫を繋ぐのです。

それは、神々しい瞬間でした。数百年、あるいは幾千年と繋いできた生命。その神々しさとは裏腹に、少し淀んだ小さな淵で群れ蠢く巨大な彼らは、非常な存在でありながら妙に生々しく、太古からの営みにもかかわらず不自然な印象さえ感じました。率直に言うと、その存在が禍々しくも見えたのです。
橋の上から眺める渓と、流れの中で感じる渓は、全然まったく違うものです。道路から100mすら離れていないこの小さな渓で、こんな巨大な渓魚が最期の生命を燃やしているのです。わたしは竿を収めました。

こんなこと、写真のなかだけの出来事かと思っていました。アレですね、北海道。やっぱり桁が違いますね。

