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先祖も民族も関係なく、神様の御言葉に従って生きるなら全ての人が救われる。

旧約聖書を読んでいると、人類に対する「祝福と呪い」について考えるようになります。

特に「ノア」による「カナン」への呪いは、心に強い印象を受けました。

「カナンは呪われよ
  奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」
  また言った。
「セムの神、主をたたえよ。
  カナンはセムの奴隷となれ。
  神がヤフェトの土地を広げ(ヤフェト)
  セムの天幕に住まわせ
   カナンはその奴隷となれ。」

旧約聖書 創世記 9.25-27 新共同訳


一方で、神様によって大きく祝福された義人の一人に「アブラハム」がいます。

わたしはあなたを大いなる国民にし
あなたを祝福し、あなたの名を高める
祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し
あなたを呪う者をわたしは呪う。
地上の氏族はすべて
あなたによって祝福に入る。

旧約聖書 創世記12.2-3 新共同訳


旧約聖書『創世記』の中で、「ノア」によって「カナンは呪われよ」と書かれていますが、その後に「アブラハム」によって、神様は「全ての人類は祝福される」ということを約束してくださっています。

さらに『エゼキエル書』の中でも、「各人の責任」として書かれています。

 もし、ある人が正しく、正義と恵みの業を行うなら、すなわち、山の上で偶像の供え物を食べず、イスラエルの家の偶像を仰ぎ見ず、隣人の妻を犯さず、生理中の女性に近づかず、人を抑圧せず、負傷者の質物を返し、力ずくで奪わず、飢えた者に自分のパンを与え、裸の者に衣服を着せ、利息を天引きして金を貸さず、高利を取らず、不正から手を引き、人と人との間を真実に裁き、わたしの掟に従って歩み、わたしの裁きを忠実に守るなら、彼こそ正しい人で、彼は必ず生きる、と主なる神は言われる。
 彼に生まれた息子が乱暴者で、これらの事の一つでも行う人の血を流し、自分自身はこれらすべての事の一つですら行わず、かえって山の上で偶像の供え物を食べ、隣人の妻を犯し、貧しい者、乏しい者を抑圧し、力ずくで奪い、質物を返さず、偶像を仰ぎ見て忌まわしいことを行い、利息を天引きして金を貸し、高利を取るならば、彼は生きることができようか。彼は生きることはできない、彼はこれらの忌まわしいことをしたのだから、必ず死ぬ。その死の責任は彼にある。
 ところで、その人にまた息子が生まれ、彼が父の行ったすべての過ちを見て省み、このような事を行わないなら、すなわち、山の上で偶像の供え物を食べず、イスラエルの家の偶像を仰ぎ見ず、隣人の妻を犯さず、人を抑圧せず、質物を取らず、力ずくで奪わず、飢えた者に自分のパンを与え、裸の者に衣服を着せ、貧しい者の抑圧から手を引き、天引きの利息や高利を取らず、わたしの裁きを行い、わたしの掟に従って歩むなら、彼は父の罪のゆえに死ぬことはない。必ず生きる。彼の父は搾取を行い、兄弟のものを力ずくで奪い、自分の民の中で善くない事をしたので、自分の罪のゆえに死んだのである。それなのにお前たちは、『なぜ、子は父の罪を負わないのか』と言う。しかし、その子は正義と恵みの業を行い、わたしの掟をことごとく守り、行ったのだから、必ず生きる。罪を犯した本人が死ぬのであって、子は父の罪を負わず、父もまた子の罪を負うことはない。正しい人の正しさはその人だけのものであり、悪人の悪もその人だけのものである。
 悪人であっても、もし犯したすべての過ちから離れて、わたしの掟をことごとく守り、正義と恵みの業を行うなら、必ず生きる。死ぬことはない。彼の行ったすべての背きは思い起こされることなく、行った正義のゆえに生きる。わたしは悪人の死を喜ぶだろうか、と主なる神は言われる。彼がその道から立ち帰ることによって、生きることを喜ばないだろうか。
 しかし、正しい人でも、その正しさから離れて不正を行い、悪人がするようなすべての忌まわしい事を行うなら、彼は生きることができようか。彼の行ったすべての正義は思い起こされることなく、彼の背信の行為と犯した過ちのゆえに彼は死ぬ。

旧約聖書 エゼキエル書 18.5-24 新共同訳


この『エゼキエル書』の聖句についても、「RAPTさん」が分かり易く教えてくださっています。

先祖がどんな偉人であれ、どんな罪人であれ、我々がどう生きるかで、我々自身の価値は決まってくるのですから。

「子供が正しいことを行うなら、父の悪行の責任は問われない」と。つまり、人間の値打ちは父親(先祖)がどんな人間だったかで決まるわけではないということです。ただ本人がどんな行いをするかで本人の値打ちが決まるのです。

「日ユ同祖論」は疑うまでもない事実です。だからといって、日本人が偉いとも悪いとも言えません。


また、旧約聖書には「聖絶すべき先住民」として七つの民族が挙げられています。

七つの民を滅ぼせ
 
あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人をあなたの前から追い払い、あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。

旧約聖書 申命記 7.1-2 新共同訳


もし仮に、私たちがこれらの民族の末裔だったとしても、先祖の罪を負うことはなく、私たち自身の今の行いによって、神様の祝福を受けることができる、ということになります。

このように私たち人類は、先祖も民族も家系も関係なく、私たち自身の罪を悔い改め、神様の御言葉に従って生きるなら、神様は過去に犯した罪さえ赦してくださり、「各人の責任」によって全ての人が救われるのだ、ということが分かります。

ここで注意すべきことは、今この時代の神様に選ばれた中心者であり、使命者である「RAPTさん」のことを心から信じ、「RAPTさん」が伝えてくださる神様の「御言葉」に心から従うことが重要である、ということです。

そして何より大切なことは、いつもどんな時も、神様は私たち人類のことを本当に深く、愛してくださっているということです。


愛の根源は主だけであり、主の愛を受けた者しか真実の愛を知ることができない。


主が天地万物を創造した目的はただ一つ。私たち人間と愛を成すためだ。


神様の世界は愛で始まり、愛で終わる。


誰でも簡単に主の愛を感じられないし、悟れないから、主は使命者をこの地上に遣わして、主の愛を述べ伝えさせているのだ。


神様は私たちの想像する以上に私たちを愛して、共にして下さっている。あなたたちはその愛を強く感じて、その愛の素晴らしさを人々に述べ伝える大使徒となりなさい。


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