月明かりが照らすもの
ゆらりゆらゆら、ゆら、ゆらり。華奢な男が舞うその姿からは、そんな音が聞こえてくるかのようだった。
月明かりが腹いせに光を弱めているかのように思えるほどに、街には様々な光が灯っている。街灯の明かりや店の光、住宅やマンションの窓から漏れ出る光からは、その中で過ごす人の息づかいまで聞こえてくるかのよう。
夜が更けていこうとしていようとも、けっして車通りの衰えない交差点、その真ん中。明らかに邪魔になる場所で、男は実に自由に踊っていた。タイヤがアスファルトを滑りゆく音や、どこから鳴っているのかわからない雑踏を背後に従え踊る姿には、この世の誰よりも月が似合う。
あー、ぐるぐる。ぐるぐると回ってる。おっと、ここもかここもか。いったい、いつになったら終えることができるのだろうか。
外に出るとろくなことが無い。命の終わりが形を持って会いに来る。それも、約束もしていないのに大勢でやってくるものだから始末が悪い。とはいえ、家の中はもう居場所がなくなった。座っていた椅子から生まれたモヤは次第に広がり、次は台所、その次は風呂場。今となってははもう家中に充満してしまっている。もうきっと、あの家に戻ることは無いだろう。
終わりくらいは自分で決めたいと飛び出してはみたものの、俺に行く先があるわけもない。街にひろがるモヤから逃げるように歩き続けてたどり着いたのがここ。体の周りを踊るように動いているモヤが、いつまでもいつまでも離れない。
モヤの動きに合わせてくるくると体を動かしながら視界に映るのは、俺の周りを行きかう形様々な車たち。いつの間にこんなところまで来ていたのか、ここは交差点の真ん中。はじめは怯えていたクラクションの音が心地よく感じ始めたあたりから、自分の生への執着心の無さを理解し始めていた。
ぐるぐるぐるぐる。いつしか自分が踊り子のように思えてきた。道行く車を操る人に、俺のことを知っている人はいるんだろうか。いたとしても止めてくれるな、ここが俺の最初で最後の舞台。命を燃やすことに疲れた俺が、唯一光を浴びることのできる場所。
もっと光を浴びせておくれ、無機質で攻撃的な真っすぐな光を。子供のころ、車の正面が顔に見えて、種類によって表情が違うことを面白いと思った。もっと近くで動いているところを見てみたいと思った。
あの頃の俺に言ってやろう、その願いは最後に叶うと。
いらない考え事のせいで、指先がかすかにモヤに触れる。予想していた通り指先が鉄の塊に持っていかれた。
怖いもの見たさでさらに肘の辺りまでモヤの中に入れてみる。ああやっぱりか、綺麗に持っていかれた肘先が地面に横たわり、狂ったように踊る俺の視界の端に映りこんだ。
無機質な音が制していた鼓膜に、悲鳴の甲高さと野太い驚きの声が入り混じる。そんなもの聞きたくないとモヤに耳を預けたはずが、勢い余って顔まで埋めてしまった。
阿呆のように踊る男が生み出した混乱。そんな中でも道行く車は動揺を露ほども見せず走り去っていく。車中では驚きと怒りのどちらの心が勝っているのだろう。少しばかりでいいから、あの男のことを気にかけてやってほしい。彼は彼なりに、自らの命を燃やしているのだから。
とはいえ、いつまでもあそこにいたのではいつか本当に轢かれてしまう。潮時があってこそ満ちるときがあるというもの。ほら、ちょうど月も雲にかくれたじゃないか。
あっ、今、指が飛んでいかなかったか? いやまさか。次は腕、器用に肘先だけが無くなるようにあたったものだ。隣の女性が悲鳴を上げているし、間違いないのだろう。早く逃げな、お兄さん。
あっ……、まさか軽自動車で終わるとは。悲鳴も一段と大きくなった。この女性の声、誰かに似ている気がする。何かの映画で聞いたような。なんだったっけ。
雲を押しのけた月明かりが、何かに呼応するように一段と光り輝く。その光に瞬間目を奪われた私は、その間に男の姿を見失ってしまった。探す私に応えるように、男だったものが地を離れて宙を舞う。その姿があまりに美しかったので、月に感謝し家路についた。
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