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INFPを分析する①

本日、人生5回目の16タイプ性格診断をしてみたところ、5回目のINFPを叩き出した。
今回はもう、おそらく一生変わらないんだろうなという確信を覚えたので、記念にINFPの生き方というものを考察してみようと思う。
こういう記録を発信しようという時点でもうかなりINFP。

物心ついたとき持った意識のうち、強烈に覚えているものが3つある。
そういう感覚云々とか言う時点でINFPだが、この3つの感覚こそ、まさに自分の根幹であり、INFPみを物語っているということに最近気づき、生粋のINFPなんだなと腑に落ちた。

その3つの感覚とは、①「ちゃんとしなきゃ」②「非日常への憧れと虚しさ」③「死への恐怖と生の切なさ」である。今回はまず、①について、INFPと(特に平成初期の)学校の親和性がマイナス♾️である件について書きたい。

①「ちゃんとしなきゃ」

生まれ落ちて数年の私というものは、好奇心の爆弾であった。とんでもない外界への興味と、実際に行動として成そうとしてしまう異常な活動力により、そこに引き出しがあれば開け、壺があれば覗き、道路があれば車という未知の物体に向かって飛び出そうとする。


そこにどんな世界が広がっているか、気になって仕方ないのだ。想像の翼が無限に広がり、確かめてみたくなる。

小1のとき、どうしても「ここから外に飛び降りてみたい」という衝動を我慢できなくなって、水道のタイルの土台みたいなところを踏み台にして、外にぴょんと飛び出してしまった(一応ちゃんと1階である)ところを、教師に見つかってこっぴどく怒られた。

しかし、数々の奇行の後、いつも思うのだ。
「どうして私は、こんなに人がしないようなことばかりしてしまうんだろう」と。
深く反省するのに、次の瞬間には内なる好奇心に勝てない。

それなのに、陽気でお調子者なムードメーカーかといえば全くそうではない。幼少期から、感情に異常に敏感だったせいで、同級生の心無い発言(小1なのだから、人を傷つけない言い回し云々などそもそも相手に求めてはいけないのだ)に毎日傷つき、嫌なことを言われたくないからと気をつかうもののこちらから何の話題を提供していいのかわからず、変な行動のせいで確かに「変な子」だと思われ、教師にも疎まれて差別されていたので後ろめたい日々。

それでも、何らかの理解力だけ生まれつき発達しているせいで、「いくら私が変だからといって、大の大人で、しかも教師が、あからさまに差別をしていいのか?」という大人へのイライラは募り。

その結果、「自分が相当おかしいんだな」という悲しい結論に至ってしまった。
どうしてクラスの中で私だけ欠陥品なんだろう、どうやったらみんなみたいになれるんだろう、私も普通になりたいなぁ……(でも心の底では普通になりたいとは思っていないところがN型っぽい)と、自分の不甲斐なさを毎晩のように反省し続けた。

そして努力の甲斐あって、小1の半ばごろから、だんだんと好奇心をおさえる術を身につけられるようになって、これから20数年にわたる、優等生の仮面生活が始まることとなった。クラスの最底辺から頂点を目指す、下剋上武装。その第一段階が、「感性をセーブする」ことだった。

合言葉は、「ちゃんとしなきゃ」

ちゃんとしなきゃ、みんなに嫌われ続ける。
ちゃんとしなきゃ、どんな社会にも適合できない。
ちゃんとしなきゃ、私は人に愛されることはない。

私は自分の個性や感受性や、だいぶ変わっている色んなものを箱に詰めて、二度と開かないように、そう呪文をかけて鍵を閉めた。

学校は、INFPにとって非常に恐ろしい場所だ。
日本人にはINFPがいちばん多いなどと聞くが、INFPがいちばん性格診断テストに興味を持っているだけだと思う。クラスの中にINFPらしき人は、基本ほとんど居ない。私のように擬態している人がいた可能性もあるが、同窓会に行っても「あの頃は何にも考えないでよくて楽しかったよね」などという(ちゃんと心からそう思っていそうなニュアンス)発言を聞くに、それが真実なんだろうなと思う。
私のような人間には「何も考えていなかった時代」など、物心ついてから一度も無いからだ。

同級生の話している内容に基本興味を持てなかったし、自分で好きなことをしたり自分の頭の中で色々と考える方が好きなので休みの日にまで友だちと遊ぶなんて勘弁だった。
しかし、クラスの中でグループ的なものに所属しないと、「ぼっち」というイベントが発生してしまう。
1人は好きなのに、そういった孤独感というか、疎外感というものは耐え難かった。かつて小1で経験した四面楚歌は、なかなかつらいもので、自分のプライド的にも許されなかった。
こうやって、1人なら1人でもいいや、と割り切れないところも非常に生きづらい。嫌われたくないのだ。
求:潔さ
譲:無駄なプライド
は永遠に成立しない交換条件だ。

そこで、学校攻略にあたり、下剋上武装第二段階として思いついた手段が、「勉強で神になる」という方法だった。
学生たるもの、やはり勉強をしていれば、褒められこそすれ文句を誰からも言われることはない。
そして、何かに秀でていれば、それなりに尊敬してもらえるだろうから、誰かしら周りに来てくれるだろうし、例え「ぼっち」的現象が生じたとて、それは「孤独」ではなく「孤高」だ。
ほうほう、これなら、無ければいいのに無駄にあるプライドさんの方にも有効そうだ。

INFPは勉強に向かない、とも聞くが、私は記憶が特技の一つだったようで、自分にとってかなり即効性かつ持続性のある最高の処方箋だった。
おそらく時々E系にも見えるISFJあたりに順調に擬態できていたと思う(ISFJも、生きづらくないわけではないと思うが)。しかし、効果はあったが決してものすごく楽ではなかった。

INFPは、疲れやすい。そもそも学校という、自分のシステムと全く相反する場所に一日中存在しているせいで、家に帰ってまで勉強をするという気力も体力もないのだ。
周りは、「家に帰ってからも毎日予習復習してるんでしょう」と言うが、一度INFP(さらに私は、いや、そもそもINFPには多いのかもしれないが、HSPという気質を持っている)になってみてほしい。
一日中人と過ごして、しかもそれが好きでもないただの同級生と同じ教室に入れられて、ルールに縛られて決められたことばかり決められた時間でやらされて、やっと解放されて帰ってきて、わざわざ勉強などするパワーがいかに残っていないかを、INFPのマインドセットを携えたうえで実感してみてほしいと思う。
毎日コツコツ、不可能。

だから、中学までは、正直自分の記憶力頼みで、試験前のみ鬼勉、毎回ギリギリのパワーを炸裂させる作戦でやっていた。
日頃の家での時間は、明日からも学校という監獄で過ごすために、最大限自分を労る時間として過ごすことが最優先なのだ。
まして、睡眠時間も削ることなどできない。最低8時間は必要だ。たぶん平均9時間以上寝ていたと思う。
部活しないで帰ってきても、もう家に着いたら17時過ぎ。勉強に割ける時間、ないのよ。

しかし、だ。高校に上がるとそうもいかない。
進学したのは、通学できる圏内でいちばん難しい公立高校だったので、各中学校のトップが集まってくる。
さすがに宿題も出るし、なんとか絞り出して、日々少しでも机につかねばならないのが地獄だった。

いっそのこと、武装を諦めたくもなったが、またクラスの最底辺にはなりなくない…… 勉強ができなくなっなら、私はただの変人なんだから……嫌だ嫌だ、戻りたくない……
と、いう焦りに駆り立てられ、疲労しきった体でうたた寝を繰り返しながら、長くても1時間ちょっと机につくのがやっと。
諦めて帰って速攻寝た日も少なくはなかった。
今思い返すと、高校時代がいちばんつらかった。

INFPは、計画性にも乏しく、自分の好きなものにどっぷりとはまってしまう傾向にある。
せめてもの気分転換に、と音楽を聴くようになった高1の頃。
というのも、私は3歳の頃からピアノを習っており、細々とずっと続けてきたが、高校に入ってからは、大学受験に専念するためにやめた。
コンクールに出てもいたが、決められた曲を楽譜通りに弾くのに向いておらず、自分なりに情感たっぷりに弾いて講評にハテナをつけられたりしたので、嫌気がさして、「音楽は趣味でいいや」とすっぱりやめたのだ。

しかし、やはり音楽を聴くことは好きだし時々遊びで好きな曲を弾くのも好きだったので、気分転換に音楽を取り入れていたのだ。

ところが。
なかなか、曲を聴くのをやめて勉強をするのが苦しく、そして難しくなっていった。
もともと、勉強は武装手段としてやっていただけで、そう好きではないのだ。
そしてついには、聴いていた曲が勉強中にも脳内から離れてくれなくなり、ついには模試の途中にもぐるぐると流れてきてしまう始末。
そのせいで、その回の模試は屈辱的な順位をとってしまった。

自分が変なせいで、こんなわずかな楽しみすらも享受することが許されないのか…… そう思うとまた自分が不甲斐なくなってきて、高校の音楽室から見える夕暮れ(必ず音楽の授業は5、6限で、音楽室は空が綺麗に見える校舎のいちばん上の階にあった)と、授業で聴いていた「パリは燃えているか」のマリアージュに危うく声をあげて泣きそうになった。

先日のドラマで、ベートーヴェンの交響曲「運命」の冒頭は、運命が扉を叩く音と言われているが、本当にそうなのか?
あなたにとってどんな音だと解釈するか?
という話題が上ったが、私にとっては、あの日あのとき箱に閉じ込めたはずの私の個性たちが、箱を内側から叩く音だろう。

その日から、人生に音という彩りがひとつ、なくなった。
もちろん完璧に排除はできないけれど、音に心を動かされるとまた勉強に集中できなくなると考えるだけで恐ろしくてたまらなかったので、もう自主的に音楽を聴くことも、奏でることも諦めてしまった。

代わりに成績は再び手に入ったけど、足の引っ張り合いのギスギスした競争社会は肌に合わなかったし、それでも嫌われ外されたくないからどんな人にもいい顔をしてしまうし、ちゃんとした人に見られるよう成績を落とさないように常に気を張る。

進学校だから、少しは本当に心から話ができる人がいるかなぁ!と期待して入ったものの、やっぱり何を話していいかわからないし、逆に今まで出会ったことがないくらい性格が悪い人もいっぱいいた。
毎日が地獄だった。自分が本当の自分で心を開いて話ができる人は、どこにいるのだろう。
でも、私にとってその本当の自分は見たくない怖いもので、それに出会い直すことを自分自身で忌み嫌うようになっていたのだった。

(②に続く)

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