掃除できない……なんて嘘だった
私はずっと、掃除から逃げていたのだ、と
気付いたのは昨年でした。勉強机の上が
『物置小屋』状態で、誰が見ても
勉強できない机、は明らかだったの。
だけど私はそれを無視し続けた。
掃除なんて面倒だし、綺麗にするのは
後で良いや、言い訳だらけで行動なんて
取れていなかったのに、一人前に
本気でそう考えて居た。
そんな思考をガラッと変化させてくれたのは
1つのドラマの再放送。
それが古畑任三郎。何故だかこのドラマの
再放送後から、今まで入ることの無かった
『スイッチ』が入ったのです。
いつまでも物置小屋にしていては
いけない。このままは私も気持ち良くない
机の上にあった、要らないものを
処分したり目につかないように移動させて
机を綺麗にふきあげて、引き出しの整理も
少しずつ……そうしていくと、あれほど
嫌がっていた掃除で気持ちが切り替わっている
ということに気づいた。
新しいペンスタンドを買おう
机の上を綺麗に保とう
定期的に掃除をしていこう
こんな風に。
そう、掃除がいやということではなく
単に『変わるのがいや』
『変化なんてしたくないよ』の
私の後ろ向きな考えがあっただけでした。
私が自分で変化しない方向へ向かっていた
というだけだったの。
その考え方では、掃除だってする気になれない。
乱雑に乱暴に自分を扱っているから
考え方も卑屈になったり、判断をするのが
遅かったり、言い訳が続いたり、と
現状維持を正当化して、変化を毛嫌いしたり。
こんなことじゃ成長だって変化だって
望めないのは明らかだ。
行動とれないのは怖いんだよね
自分の今までの生活が壊される
乱されて変化してしまう
こう考えるから、今のままで良いんだ
変わらない方がいいんだ!!と
力んでしまって、思考が止まってしまう。
だけどね、良く考えたら
成長する機会を逃して、言い訳が上手くなって
自分に嘘をついて妨げている
そんな状態で良いのかな?
変化は誰でも怖いものだけど
怖いから、と自分から成長を妨げたら
何も変わらないんだよね。
ずっと、掃除することから逃げていた頃の
私は全てにおいて妥協や諦めがベースで
向上させよう、少しでも良くなろうとは
考えていなかったように思う。
楽な方へ流されてしまってた。
だから少しでも良い、前を向いて!
言い訳を切り捨てて、自分の道を
切り開いていく、それがまず第一歩。
自分の人生の切り開き方は、いつでも
自分が主役、だからこそ
何をするのか、何をしないのか
誰とどこで過ごすのか、を
考え抜く事が大切になってくる。
私がこの事から学んだこと。
変化するときにはどうしても
嫌だから、面倒だから、と言い訳が
出てきてしまうけど、そこから脱するのは
『自分で動いて、打開する』という
一点である、ということだ。
自分で動かなきゃ始まらないよね
変わるきっかけなんて、なんだって良い。
そこから自分が行動して、よりよい方向へ
自分を連れていってあげることなんだ。