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セミファイナル、夏のおわり
コンビニに行こうとマンションを出たら、セミが仰向けに倒れていた。
脚は閉じたまま、ぴくりとも動かない。
その瞬間、穴ぐらで冬眠していたモグラのごとく、久しぶりに外に這い出た日に耳に飛び込んできたセミの大合唱が、いつの間にか鈴虫の声にかき消されていたことに気付いた。
「ミィイィィ〜ン」が「ミ…リーリーリー」になったというか。
梅雨が開けた、と傘を放り投げて喜んでいたのはいつのことだったやら。頬を撫でる風は全然涼しくないのに、終わりを悟った心はぽっかりと寂しい。
わたしは夏がいちばん好きだ。
毎年猛暑記録を更新するたびに、たくさんの人に嫌われていくばかりだけど、わたしは相変わらず好きなままだ。
帯まわりを汗でぐっしょりと濡らしながら見上げる花火や、どう足掻いても目と口に入ってくる海のしょっぱさや、おばあちゃんちで嗅ぐ蚊取り線香の匂いや、プールサイドでから揚げを頬張る友だちの笑顔なんかが。
今年の夏はどうだろう。
何だかあんまり思い出せない。熱中症にならないようにクーラーでキンキンに冷やした部屋で寝そべって、パソコンに向かって、スマホに向かって、実家から届いたきゅうりをかじって、たまに暑いなかフラフラと外に出るような夏だった。
いつもより、ちょっぴり足りない夏。
覚えているのは冷えたリビングでかじるアイスの冷たさぐらいだ。
コンビニから帰ってきてふと下を見ると、さっきのセミがまだ仰向けのまま倒れていた。爪先でつつくと、ジタバタと暴れて壁に向かって飛んで行った。生きてたんかい。
セミは8年ぐらい土のなかで成長したのち、ミンミン鳴くのは2週間ぐらいだという。
あとどのくらい、この声が聞けるだろう。
どちらかというとセミは嫌いだけど、もういなくなっちゃうんか。まだ3日間くらいしか鳴いてないんじゃない。もうちょっといればいいんじゃない。
こんなのまだ着れるはずないのにとネット通販で秋服をポチりながら、しんみりと浸る夜中。
セミのいない秋がくる。
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