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どのコンテンツも、実は伝えたいことは超シンプルなのかもしれない
前々から思っていた。あらゆるコンテンツが伝えたいメッセージって「愛」でしかないんじゃないか、と。
わたしには「リゼロ」(Re:ゼロから始める異世界生活)という好きなアニメがあるんだけど、今日あらためて観て確信した。
当時「長ったらしいタイトルのラノベ原作アニメが嫌だ、どうせラブコメだし」と偏見を持っていたわたしに、「アンタは絶対好きだと思う」と友だちが推してくれたおかげで、かれこれ2016年から追いかけている。
それはさておき、これがまた登場人物も多く、複雑な設定で残酷な描写も多いアニメなのだが、まぁ〜泣けるのである。
4年経った今、待望の第2期が始まって、相変わらず放心してしまうほど惨たらしい展開を挟んでくるのだが、最終的には主人公のストレートな愛がハートに突き刺さり、また泣けてきてしまう。
こんなことを言っちゃ元も子もないのだが、あらゆるコンテンツが伝えたいメッセージって意外とシンプルだよなぁ、と思う。
ふんふん、こんな伏線があって。なるほど、こことここが黒幕で、あーっお前が犯人だったのか!
…みたいなあらゆる展開はあるけど、最終的にはやっぱり「愛」を描いた作品が多いんじゃなかろうか。
大抵犯人が事件を起こすきっかけって「家族」「友人」「恋人」などからの「愛」が足りないがゆえ…だったりするし、鬼滅なんかを見ていても、鬼になっちゃうのは「愛」絡みじゃん。
今流行ってる曲も、大体「君」と「僕」がいてさ、忘れられなかったり、恋焦がれたり、会いたかったり、仕方ないわけじゃんね。
『サイレントヒル』みたいなホラーゲームだって、家族愛に始まり、家族愛に終わっているわけだし。
これってすごくおもしろいことだと思う。
どんな話も、いろいろひっぺがしていくと、最終的に「愛」にたどり着くんだから。
不思議だ。
どうしてわたしたちはそういう音楽や漫画やアニメや小説を摂取したいと思うんだろう。
そこに自分が経験したことのある「愛」や、これから経験したいと思っている「愛」を重ねてほっこりしたり泣いたりするのかな。
本能的に求めてしまうし、本能的にそういうものを作ってしまうのかな。
逆に愛のないコンテンツは、消費されないのかな。
全然関係ないけど、大学で履修していた授業に「時空間表象論」というのがあって、いわゆる「ループ系」などについて考察する授業だったんだけど、ループがおわるひとつの条件に「ボーイ・ミーツ・ガール」というのがあって、やっぱり「愛」でおわるんだよね。
涼宮ハルヒ然り、「キス」がトリガーになるパターンもよくあるし。
あっこのnote、特に結論があるわけじゃないんだけど。
純粋に、これだけ世界にはコンテンツがあるのに、どれもが「愛」を語ってるのが面白いなぁと思うし、人間にとって「愛」というのはとても重要なピースなんだな、としみじみ思っただけです。
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