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なぜ東京にいると仕事に忙殺されてしまうのか

たぶんね、全部「YES!」って言えちゃうからだと思う。

海外で2ヶ月ほど過ごしていたとき、泣く泣く断る仕事や飲み会の誘いがいっぱいあった。もちろん、何か大切なチャンスは確実に逃しているのは重々承知のうえで言うけど、一応今のわたしはそれでも生きている。

「得られるかもしれなかった何か」というのは不確かなもので、それを悔やんでいても仕方がない。運が悪かった。タイミングが悪かった。そんな感じの言葉で片付けてしまっていいと思う。

今日から関西で1週間ほどワーケーションをするのだけど、東京を離れることに少しだけホッとしている自分がいる。

東京というのは怖い。誘いが来たらすぐに乗れてしまう。仕事を断る理由が何もない。「いいですね、やりましょう」「今度会いましょう」と言葉を交わすだけで、「じゃあ、いつにする?」と具体の話になるまでのスピードが爆裂に速い。そしてそれは来週などの近々の予定になったりする。

最初のうちは、「フットワークが軽くなった自分、めっちゃいいじゃん!」と自己陶酔に浸っていたものの、冷静にこの生活はまったくサステナブルではない。1日のうちに予定がギッチギチに詰まり、「このままでは東京に殺される」とまで思い詰めた。

何でもかんでも東京のせいにするのは良くない。実際には東京が悪いというよりは、メリハリをつけずにすべて受けてしまう自分の意思の弱さが悪いのだが、しょーがないじゃんそこに時間があるんだもの。時間がないわけじゃないんだもの。

でも、最近思うのが、カレンダー上では「空いていて」「予定を入れていい」時間だったとしても、実際には「自分のために」「予定を入れてはいけない」時間なのかもしれないということだ。

何かを考えたり、こんなふうにとめどなく文章を書いたり、手当たり次第好きなことをしたりするためには、「予定のない」「ぼーっとする」時間が必要で、それがなくなると、こんなふうに東京に当たり散らしてしまう。

自己管理のうまい人というのは、ちゃんとそれをわかっていて、予定がなくても「ごめん、今日はちょっと」なんてうまく言って、家で白湯でも飲みながらゆったり映画を観ていたりする。自分を大切にし、自分時間を大切にできる人は、東京に殺されないのだ。

わたしみたいにすぐ「YES!」と言ってしまう人はもう、東京から逃げるしかない。そんなわけで、わたしはこの文章を京都行きの新幹線のなかで書いている。控えめに言って最高だ。あと1週間、どんなふうに過ごそうかしら。

東京は好きだけど、東京にいると忙しい。

もう大学生のころからずっといるのだから、いい加減うまく付き合えるようになりたい。

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