「好き」は「好き」のうちに燃やせ
「推しは推せるときに推せ」という。
作者が急逝したり、打ち切られてしまって未完となる作品は数えるほどあるし、応援していたバンドは方向性の違いで解散するし、アイドルはいつか引退する。
「もうおわりですよ」とアナウンスされてからハッとして慌てて駆けつけても遅いのだ。「もっと課金すればよかった」「もっと愛を注ぎたかった」と後悔が募るばかり。
しかし、わたしがそれよりも恐れているのは、何よりも自分のなかから「好き」という気持ちが消えてしまうことである。
中高生のころ、毎日のように一緒に過ごしていた友人がいた。交換ノートはお互いが好きなアニメや漫画の話で持ちきりだったし、放課後はイヤホンを半分こしてアニソンを聴きながら友だちの家に行き、アニメを観ながらスナックを貪った。
今でいうヲタ友である。何なら彼女は私よりも詳しかったので、いろいろ教えてもらうこともあった。アレンとの夢小説を読んで授業中に笑った。コードギアスを2人で一緒に観てギャン泣きをした。
そんな彼女が、だんだんとアニメに興味を示さなくなっていった。
そんなことがあるんだろうか。そんなことがあるんだよ。
当時はそれを受け入れられなくて、めちゃくちゃショックを受けた。もう、何を話せば良いのかわからないし、カラオケに行っても何を歌えば良いのかわからない。きっと何を歌っても「懐かしいね」と言われてしまう。わたしはアニメ映像付きのカラオケにギャーギャー騒ぐ彼女が見たいだけなのに。
そんなことがあってから、どんなにまわりの人が変わろうと、わたしだけは変わらないでいようと心に決めた。好きになったものは、一生好きでいる。
…それなのに、わたしも大学に入ってからは、アニメも漫画も全然観なくなってしまった。ヲタクを卒業したのだ。何の前触れもなく。
「今期は何をやるんだろう」と自分から情報を取りに行くこともないし、付き添いでアニメイトに行ってもぐるりと回るだけで特に何かを買おうとも思わない。漫画の続きを買うのもやめてしまった。
当時は自分に何が起きているのかまったくわからなかった。半生を二次元に捧げてきたのに、二次元にまったく興味がなくなってしまった。長年連れ添ってきた相棒がいなくなってしまったような、「生き甲斐」を失くしてしまったような、喪失感があった。
そのときに、きっと彼女もこんな気持ちだったんだろうなと思った。悪気があってアニメから離れたわけじゃない。自然とそうなっていってしまったんだと。
そして、こんなにも大好きでも、いつか興味が消え失せてしまうのだと悟った。
生まれて初めて、好きなものがある人を羨ましく思った。
「好きなものがない」世界はつまらなくて、苦しかった。
それからしばらく経って、ある日突然また、漫画を読み始めるようになった。アニソンを聴き始めるようになった。毎週アニメをチェックするようになった。
そして気付けばまた、この世界に戻ってきていた。
当たり前に友だちとアニメの話ができることの、なんと素晴らしいこと!!!
自分のなかの「好き」な気持ちが復活したことで、また楽しい日々が戻ってきたし、もう一度好きになれて心から良かったなと思う。
すべての「好きなもの」がある人に伝えたい。
「推し」はいつかいなくなるから推せるうちに推したほうがいい。
でもそれよりも、「好きな気持ち」だっていつかなくなるかもしれないから、好きなうちに推したほうがいい。
ガンガン課金してガンガン気持ちを燃やしてほしいと思う。その「好き」って思いはめちゃくちゃ尊いから。