リビングラボのはじまりから現在まで(約30年)をまとめた論文
世界初!?リビングラボを包括的に調査した論文
第4回全国リビングラボネットワーク会議で司会をさせてもらうのに先立って、リビングラボに関する起源から最新の研究動向までを包括的に整理した論文を読みました。1991年から2021年までの535件のリビングラボ研究を対象にしているのですが、これはつまり、過去のリビングラボ研究の全部ということです。すごいです。。
リビングラボの学術論文では世界初かなと思います。
ちょっとわくわくしたので、まとめてみました。
まとめのまとめ(リビングラボのはじまりから現在まで大きな変遷)を見たい方は、一番下の章からどうぞ!
図を見るだけでも楽しいので、ぜひ論文も読んでみてください。
Huang, J. Hong, & Thomas, E. (2021) A Review of Living Lab Research and Methods for User Involvement. Technology Innovation Management Review, 11(9/10): 88-107.
この論文の2つの問い
この論文は、過去の研究論文を調査・分析して、その結果から知見をまとめる、いわゆるレビュー論文です。そして調査・分析にあたり、2つの問いを立てています。
( i ) リビングラボ研究は時代とともにどのように進歩し、そして、何が現在のトレンドなのか?
( ii ) リビングラボにおけるユーザの巻き込みには、どのような手法やツールが使われているのか?
ともに興味深い問いなのですが、この記事では( i )にフォーカスして紹介します。( ii )はまたの機会に。
( i )の問いを明らかにするために、具体的には、Web of Science(WoS)とScopusという2つのデータソースを用いて、1991年から2021年までの535件のリビングラボ研究を対象に分析をしています。たとえば、どの雑誌で発表したのか、研究者同士の関係性、研究テーマのトレンドなどです。特に面白かったのが、初期の20年と最近の10年を分けて変化や推移をグラフ化して分析しているところです。主要な研究者の変遷が見えたり、研究テーマの広がりや時代に応じた移り変わりが見て取れます。
蛇足ですが、リビングラボと解釈できる共創の実践や仕組みであっても、実践している関係者がリビングラボという切り口で論文投稿をしないプロジェクトも多数あるため、これが世界の共創の実践のすべてを表わしているわけではありません。「市民やユーザとの共創」に力点が置かれやすい局面の実践プロジェクトや、欧州を中心としたリビングラボネットワークであるENoLL(詳しくはこちら)のエコシステムに関係するプロジェクトが中心になっていると思われます。
研究者同士の共著関係の変遷
これらの図は研究者同士の共著関係の変遷を示しています。1991年から2011年は、クラスターは41に発散していて、接続ノードが少なく、研究者間のコラボレーションが少ないと言えます。
一方で、2012年から2020年は、16のクラスターに収束していて、AlmirallやLeminen、Schuurmanのような主要な研究者を中心に共著グループがあることがわかります。
研究テーマの変遷
次に、研究テーマの変遷をみてみましょう。1991年から2011年の期間は、23の多様な研究テーマで構成されていました。「イノベーション」「リビングラボ」「情報技術」「オープンイノベーション」「ユーザー中心」などのキーワードが見て取れます。分野テーマ的なものは「農業」や「アグリフード」くらいしかなさそうです。
2012年から2020年にかけては、「イノベーション」、「ヒューマン」、「リビングラボ」の3つの大きなクラスターがあります。「イノベーション」のクラスターは、スマートシティ、エネルギー、教育といった分野から、サステナビリティ、ガバナンス、フレームワークといったトピックまで幅広いキーワードがあります。
特に、サステナビリティとスマートシティは相互性があるキーワードで、この結果は、2019年当時の圧倒的なレビュー論文だったHossainら(2019)※の指摘である”「サステナビリティ」は「スマートシティ」のトピックと接続されることが多く、「スマートシティ」が文脈を提供している”と重なります。
※Hossainら(2019)は、2006~2018年の12年間のリビングラボ論文114本の体系的なレビューを行った論文 M. Hossain, S. Leminen, M. Westerlund (2019) A Systematic Review of Living Lab Literature, Journal of Cleaner Production.
最後に、キーワードの出現年ごとの頻度のグラフです。グラフ中に表示されているキーワードは、その年のトレンドとなっているものです。2011年から2020年のみ切り出したグラフですが、この10年間でリビングラボの研究は情報技術の領域を超えて、より多様な分野に広がり、サステナビリティ、スマートシティ、高齢化(社会)などのトピックが顕著になっています。
スマートシティのトピックは以前から注目されていたものの、2018年に急増しました。都市計画や都市開発、サステナビリティやスマートシティ、気候変動、トランジションなど、似たようなトピックが周辺にあります。
Urban Living Labが独自のクラスターを形成
最後に、スマートシティについて少しマニアックな分析を見ていきます。ここでは、書誌結合分析という引用文献の共通性を用いて文献間の関係性を分析する方法を用いています。その結果、2012 年から 2020 年の間に 3 つの主要なクラスターが示されました。クラスター1はリビングラボ研究の本流である「技術イノベーション」、クラスター2と3は「アーバン・リビングラボ(Urban Living Lab)」です。
クラスター2と3はクラスター1から離れていて、これはアーバン・リビングラボの研究が本流から成長して独自のクラスターを形成していることを示唆しているようです。また、あまりつながりのないクラスターが複数存在することから、アーバン・リビングラボの領域では多方向の研究開発が行われていることがわかります。
(この記事では扱わないと書いた)ユーザの巻き込み手法の論文のみにフォーカスした( ii )の分析では、アーバン・リビングラボ(15件)が最も論文数が多く、次いでICT(8件)、ヘルス(4件)と続きます。
リビングラボのはじまりから現在まで(約30年)をざっくりまとめると
リビングラボのはじまりから現在まで(約30年)をまとめた論文を読んで、今まで体感的に理解していたものが、整理された感覚です。
ざっくりまとめると、次のような感じでしょうか。
もともとは単一のテーマを対象とした研究領域が主軸で、技術やサービスのプロトタイプを検証したり、受容性を評価することから始まりました。この領域はTest Bedsとも呼ばれ世界的にもかなり知見が洗練されてきている領域です。
しかし、検証はサービス開発の川下なので、それだけをやっていてもよい製品が生まれないという悩みを発端に、サービス開発の川上である、意味の探索(価値のリサーチ)を重視するプロジェクトにシフトしてきます。これはデザイン方法論の領域でも、デザイン思考を批判する形で、意味の転換を重視するデザイン・ドリブン・イノベーションが注目されるトレンドともつながっています。
また、テーマは当初、単体の情報技術が中心でしたが、情報技術の発展と他分野での活用の加速もあり、スマートシティ、エネルギー、ヘルスケア、モビリティなど、より広域、かつ、複数テーマが重なり合う面的な領域を対象とするプロジェクトが増えてきています。こちらも、アーバン・リビングラボという、都市に特化したリビングラボの概念が提案され、一大クラスターになっているというトレンドにつながります。
これらのリビングラボ研究のトレンドは、リビングラボの研究者・実践者の「生活者や社会に意味のあるモノ・コトは何なのか?」という価値観が、SDGsやウェルビーイングという新しい概念によって揺さぶられていることと重なっているように思います。
新しい価値観の探索と実現に向けて、面的に試行錯誤するアプローチが、今の時代には求められています。そして、開かれた共創を後押ししてくれるリビングラボには、そこに貢献できる可能性があるのだと思っています。リビングラボネットワーク会議では、そのあたりも対話できればと思いました。
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