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暗闇で本を読む〜発達障害を会社にいじめられて良かったこと〜

燃え尽きて一ヶ月病休。

病休明け、仲間はいつもどおりシフトを作って待っていてくれた。

会社から待ったがかかり、皆と業務連絡以外のやり取りを禁止される。皆と違う時間帯の勤務を命じられ、一人きり、厨房で掃除など2時間で終わる作業のみ割り当てられる。

後に明らかになるが、その理由は、僕と働くのが嫌な人がいて、僕は隔離されたのだ。表向きの理由は、病休直前に僕が起こした問題行動を皆が怒っていて、信頼を回復したら、戻れるから、と会社からは言われていた。

まさかその状況で、僕が7ヶ月も頑張るとは、会社は思っていなかっただろう。戻ったところで、その人とも、皆とももはややりにくい。僕に元の部署に戻れる余地は最初からなかったのだ。

発達障害が自分にあることをうっすら疑い始めたのは、退職直前。

「変にこだわりが強い」、「神経質で嫌」、店長やその人からよく言われていた。

隔離勤務は、苦しいものだった。

雑談って、ほんとにつまらないことでも、すごく助けられるもので。こんな事があってね、という話にツッコミを入れられると、救われたり。わからないことを、別の視点から説明してもらったり。

今まで、そうやって助け合いながら働いていた。

こだわりが強く見えるのは、障害上、できないことがあるから。

ない人には、サラッとその場で処理できる仕事が、僕にはできないのです。いつまでも抱え続けて、解決できない。翌朝起きても、できないことをどうしたらいいか考え続けてしまう。雑談があったらまだ救いだった。一人で対処しないとならない。

そういう悩みは店長に相談しろと言われていたが、障害について当事者が説明するのは、すごく難しい。

僕は近眼と乱視でメガネを掛けている。小さい頃は裸眼で問題なかった。

裸眼で見えるのはどういうことかわかっているので、視力のいい人に視力が弱いとどういう感じかが、説明できる。

視界のものの輪郭が霧がかかったようにぼんやり見えてしまって、目を近づけないと、字が読めないんです、とか。

発達障害は生まれつきなので、自分にできないことができるって、どういうことなのか、できた実体験がないので、説明できない。

暗闇で本を読むようなもので、永遠に自分だけでは説明することができない。

それでもなんとか伝えようとするので、僕はだんだんヒートアップしてしまっていた。

それを見て、店長には「まだ、体調が戻っていないから、一人を続けるしかない」と言われてしまう。

退職後、2週間経って、自分の発達障害についてわかり始めてきた。

わからないことがわからない。なので、わかることもわからない、ようだ。

できることも、できないことも、わからない、ようだ。

自分を知る方法は、テストを受けて客観的な評価を受けたり、実際にやってみて経験から判断する、というやり方。

退職後、人の気持に良いアンテナを張れるように、一日一言、誰かの言葉について、その時どういう気持で言ったのか一日かけて想像するようにしている。

それから、同じ繰り返しを避けるために、次の就職先には、精神障害に加えて発達障害の医師による診断書も必要。

追い出し部屋の苦しみがなければ、発達障害に向き合うこともなかったし、人の気持ちを毎日のテーマにすることもなかった。

会社や仲間に対しても、もはや懐深くいることしかできない。

懐深くなりたいです。



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