日本の歩き方 《関西編》 <第5回> 関西を彩る企業
前回までは関西各府県の見どころを紹介してきましたが、滋賀県を除いて一巡しましたので、今回は関西の企業をテーマとして紹介したいと思います。
神戸市
まず初出の神戸からです。海岸通りの神戸華僑歴史博物館のすぐ隣に海岸ビルヂング(海岸ビルとは別物)があり、ここはかつて兼松江商の本社でした。日本とオーストラリアのビジネス関係は兼松江商のオーストラリア進出によって始まり、兼松房次郎は羊毛工業の原料を確保するため1889年に商社「濠州貿易兼松房次郎商店」を神戸に設立、翌年にシドニー支店の兼松商店を開設しました。今、このビルの2・3回はクリエイターが働く事務所となっています。
この海岸ビルヂングから海岸通りに沿って西の方に歩いていくとハーバーランドの前方に巨大な川崎重工本社(クリスタルタワー)が現れます。それとは別に、ポートタワー手前に同社の展示館「カワサキワールド」があります。入場すると、すぐに川崎重工の全体像がわかる展示があり、国立西洋美術館の絵画が川崎重工初代社長であった松方幸次郎氏によるコレクションであることがわかります。
さらに進むと、重工業という名にふさわしい展示が続きます。太平洋戦争において活躍した空母「瑞鶴」や三式戦闘機「飛燕」の模型に始まり、満鉄アジア号の機関車、国産旅客機YS-11の写真が展示されており、熱いひとときを過ごすことができます。
現代的なテーマとしては、英仏海峡トンネル掘削機の模型やパフォーマンスロボットも展示されています。同社では橋本社長の下、医療用ロボットの開発や水素社会に向けての取り組みが進められており、未来を感じることができます。また、同社では航空機用の直列6気筒水素ターボエンジンの開発にも成功しています。
滋賀県近江八幡市
今度も初出の滋賀県からです。「売り手、買い手、世間」の三方よしを経営理念とする近江商人の街、近江八幡市を拠点として発展している食品企業がたねやです。
主力商品はクラブハリエ・ブランドのバウムクーヘンで、赤レンガのクラブハリエ日牟禮(ひむれ)館では落ち着いたひと時を過ごすことができます。また、旗艦店のラコリーナでは2023年からパームファクトリーが営業を始め、自然と融合しながらも活気あふれる環境でお菓子を楽しめます。
(↓ これを参考にしてください。)
近江八幡市では、水産学を専攻した1人の青年が農業に取り組み、アグリ夢工光を立ち上げました。水産からは縁遠くなってしまった水産学科の実態に見切りをつけたといいます。農業のやり方を大学で学んだわけではないのですが、文献やYou Tubeで独学するなど、安藤忠雄氏に通じるところがあります。ヨーロッパ野菜など珍しい野菜に目を付け、植物工場も導入してレストランやホテルに提供しています。
今から約45年前、1人の男が農業先進国型産業論を展開(叶芳和『農業・先進国型産業論 - 日本の農業革命を展望する』日本経済新聞社)、農業界からは猛反発を受けました。ところが今、それは「オランダ型農業」という別名で推奨され、アグリ夢工光をはじめ多くの優良経営として実現しています。
京都市
京都には国際企業の本社がたくさんあります。島津製作所は2002年に「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」でノーベル賞を受賞した田中耕一氏で有名であり、他に日本電産(NIDEC)、OMRON、村田製作所、ROHMなどがあります。
京都国立博物館を出て西に向かい、鴨川にかかる正面橋を渡ったところに小さいが風格のあるビルがあります。それがクールジャパンを代表する任天堂発祥の地であり、現在はホテル丸福楼として継承されています。
京セラは稲盛和夫氏が1959年に設立した電子機器等の企業であり、同氏が提唱する「アメーバ経営」は成功をおさめ、JALの再建にも全力を投入されました。京都地下鉄烏丸線の南端である竹田駅を出て南西方向に20分ほどのところにある京セラファインセラミック館や稲盛ライブラリーでは同社セラミック技術の発展や稲盛氏の経営哲学に接することができます(予約が必要です)。
中京区の壬生にある新選組屯所を見に行く途中で偶然見つけたのがNISSHA(旧.日本写真印刷)です。当社はフィルム成形と印刷転写を核技術としており、プラスチックを木材や金属に見せたり布の感触を与えるようなデザインや機能性で付加価値を高める製品開発を行っています。
奈良市
中川政七商店は、1716年に中屋喜兵衛氏が奈良晒という高級麻織物の問屋を起こしたところから始まります。その言葉に「麻の最上は南都なり 近国よりその品種々出ずれども 染めて色よく 着て身にまとわず 汗をはじく故に 世に奈良晒とて重宝するなり」とあります。現在の中川淳氏が第13代に当たります。日本の伝統工芸を元気にしたいというビジョンと、伝統工芸を現代風にアレンジするという手法によって経営を発展させ、2006年に表参道ヒルズに出店するに至りました。現在の東京旗艦店は丸の内の新丸ビルにあります。
自社の経営のみならず、伝統工芸産地のメーカーのコンサルを通じて商品開発の手助けを行い、その商品を自社で販売するというビジネスモデルによって、メーカーも小売りも元気になるという「共走」を心掛けています。これによって、越前漆や越後の刃物などのメーカーが元気を取り戻しました。
ならまちに本店があり、2021年にまちづくりの拠点として 「鹿猿狐ビルヂング」が完成しました。その1階がカフェの「猿田彦珈琲」、2階が店舗、3階がスタートアップの交流する「JIRIN」となっており、学生の起業にも助言をいただけます。
近鉄奈良駅を出て東向商店街を南に突き当たるまで進み、少しクランクして餅飯殿(もちいどの)センター街を進むと左側(東側)に奈良市のコワーキングスペース「BONCHI」があります。ここにはスタートアップを目指す起業家が集まるとともに、ゆるやかな交流を企画する集まりや、経営計画を討論するプレゼン大会が開催されています。
(上記「中川政七商店本店」もこの近くです。)
ならまちを散策するときに近鉄奈良駅周辺で一息つくところとしてお薦めはSeattle’s Best Coffeeです。インバウンドで混み合っている東向商店街の一つ西側の小西さくら通りにあります。店内が広くて開放感があり、レジでは注文するだけで後からテーブルまで持ってきてくれるので、レジ前で長時間待たされることがありません。アップルタルトがお勧めです。テーブルの配置が直線的なので、もう少し曲線美を持たせれば最高です。
大阪
NHK朝ドラ『舞いあがれ』のモデルとなったのが東大阪の町工場から世界を目指す盛光SCMです。近鉄布施駅前の広い大通りを南に10分くらい歩き、右側のピース動物病院前の俊徳街道を少し右(西)の方に行くと見つかります。同社は「へら絞り」という特殊金属加工技術を核に、芸術性を高めた照明器具を作ることで世界市場を目指しています。下請けではなく完成品を販売するためには多くの町工場それぞれが持つ突出技術の連携が必要ということで、草場社長は関西を走り回っています。日本の経済発展に重要な役割を担ってきた町工場に技術とアートの融合で復活してもらいたいものです。
2021年、2人の青年が大阪岬町淡輪で世界の水産を一変させる可能性のあるビジネスを立ち上げました。陸上養殖の「陸水」です。主力品目はサーモン、トラフグ、ヒラメ、クエです。世界的に水産物の需要が伸びていますが、通常の海面養殖では台風の影響や海水温の上昇で生産が安定しないという問題があります。そこで、市場に近いところでは生産コストが高くなるという農林水産業の通常の原理を逆手にとって、大阪モンをデパートや料理店に販売し、ノルウェー産オーロラサーモンを迎え撃っています。市場に近いため、生簀から朝取り上げた魚を〆て南海電車で輸送すると、大阪のデパートの開業に間に合い、超新鮮な魚を提供できます。
現在、社員は20人に増え、堺市に加工・配送センターも持っています。注文を持ってくる顧客である料理屋や働く社員は美味しい大阪の魚を愛する有志であり、共感ビジネスの典型と言えます。最近、新製品「美咲サーモンの灰干し」を開発したり、「岩塩のホイル焼き」という新しい食べ方を提案するなど、着々と市場を広げています。
最後に関西を代表する企業としてパナソニック(旧.松下電器産業)をとりあげたいと思います。パナソニック・ミュージアムは京阪電車の門真市駅から1つ淀屋橋寄りの西三荘駅を出たところにあります。まず、入口に近い方に松下幸之助館があり、松下氏の経営理念や社史が展示されています。その隣には、ものづくりイズム館があり、歴代の製品が展示されています。
著者が学生の頃、理工系の学生は就社したい企業によってPanasonic派とSONY派に分かれていました。Panasonic派は堅実な経営や手堅い製品に惹かれており、SONY派はクリエイティブな社風に惹かれていたようです。
今、SONYが平井社長の改革で「感動を与える」企業として蘇ったのに対し、人々の生活に役立つ優れた品質の商品やサービスを供給することを使命とするPanasonicは苦戦を強いられているようです。平和な時代が続けば感動を求める需要は無限大ですが、危機の時代にはどうでしょうか。