二度と、あんな想いしたくない。
飼い主さんの悲しみの表現です。
二度と、あんな想いしたくない。
ペットロスの悲しみです。
弱いとか?逃げ口になるのかな?
と、考えたこともありました。
大切な家族を失う。
これほど、ショックなことわありません。
長い時間ともに暮らして分、愛情は深いですよね。
寂しさより悲しみのほうが、大きいですよね。
自分の深層心理に気づいていませんでした。
末娘の亡くなる寸前までの光景は、脳裏に焼き付いています。
経済的なことや環境などにより迎えれない。と決断しましたが、時には、さみしい時もあります。
経済的に安定したり、病院などのアクセスや部屋の構造など考えてからでわ?
何度も、考えてもあの子を看取ったときの姿がよみがえります。
昔は、どこにいても、フラッシュバックにより、看取りの瞬間などが、蘇りました。
なかなか、あんなひどい亡くなり方はしませんから辛かったです。
涙も溢れかえる。
五年過ぎましたが、忘れれません。
抱っこしてと、手を出してくれた姿やずっと、抱っこする中、ゾンビのような顔になり、怖くて寝かしてしまった。
かわいそう。
悪いことかしてないのに。
緊急にて受診してやれば、よかったとか、安楽死も視野に入れなくてわならなかったのか?
悔しさは、山ほどありました。
れなの苦しみに比べたら、私の寂しさなんかたいしたことないね。といつも、思います。
迎えるも迎えないも、人それぞれの理由があります。
さみしいけど、迎えれない理由がたくさんある。
お家のママとしての責任。
守らないとならない。
でも、時にさみしい。
そんなときは必ず、れなさんが、亡くなっているのに遺体が存在している。夢を見ます。
今日なんか、紙おむつかけたままの半分体が無い遺体の夢をみました。
姉もでてきて、これはれなでわないよ。
れなは、きれいにしてあるからね。
ここにいるから。とご遺体はきれいでした。
亡くなっているのに、火葬場に連れてゆけないことや生き返ってわまた、亡くなる夢などです。
ご遺体のままのれなさんが、おおいですね。
たまに、抱っこされたりしていたりしまします。
彼女はまだ、一緒にいたかったんでしょうね。
私も、二度と同じ想いしたくない。
それも一つの理由だった。と、気づきました。
でも、弱いとか?立ち直ってないのかな?とか言い訳けなのかな?とか?
たくさん戸惑いました。
でも、彼女たちと暮らした時間はかけがえのない時間であり、子供のいない私には、子供のような存在でした。
今は、供養してゆく中、四季を一緒に楽しんだりしています。
ディアペットさんが、四季折々の供養グッズや可愛らしい仏具をご紹介してくださることによりあの子達の供養も幸せになれます。
供養と言う形にて共に暮らす。
姿、形はありませんが、心は生きています。
それが、魂なんだな。と思います。
動物とコンタクト取りたい方は、魂を信じたり生きてることの関係を大切にすることなんですよね。
気づいてないだけでありちゃんと、会話できてますよ。
目は口ほど物を言う。という、ことわざがあるように表情などの観察してみてください。
伝わりますよ。
また、お空の子は眠っている時にメッセージを送ってきてくれます。
それが、真実だったりすることもあります。
アニマルコミュニケーターいらないじゃん!と、いわれてしまいそうですが?
深い絆は飼い主しかできませんからね。
アニマルコミュニケーターは、飼主とペットの架け橋に過ぎません。
どうしても、それくらいになります。
でも、架け橋であるコミニケターがいるからこそ、深い絆が生まれることもありますよね。
コミュケターが、なかなかメッセージを読み取れないときは彼女たちは、より深い瞑想に入ります。
それは、集中することです。
莫大なストレスにさいまれます。
ですから、頑固な子はおすすめしません。
また、架け橋により無理に引き出さなくてもよいのかな。と、思いました。
神通力は、誰でも宿っているそんなんですよね。
しかし、疲れると思います。
だから、自然に任せたりするのもありかな?と思いました。
生まれ変わりがあるなしに関わらず、彼らの一生は一回限りです。
生まれ変わることで生前の癒しを求めたりしません。
求める必要がない。
一度、生まれ変われば、身体が違うからリセットされてしまう。
命は一回切りなのです。
魂は、愛された分、育ちます。
天国へ行く子や飼い主さんの側で守護する子もいる。
また、天国と飼い主さんのところを行ったり来たりする子もいます。
また、何十年経っても、絆が深ければ彼らは応えてくれます。
それは、忘れないこと!
もう、二度と、あんな想いしたくない。
これは、逃げでわなく大切な感情なんですよね。
いつか、消えてゆくかもしれない。
また、出会いがあるかもしれません。
彼らのくれた時間の素晴らしいさを、忘れずにいてあげるならいつか、ご縁と環境が整い。責任を果たせる自信があるならまた、ペットとの暮らしも素晴らしいですよね。
ただ、生きのですからね。
いつか、別れはきます。
最期まで大切にしてやる覚悟が必要。
彼らは、楽しいときも病めるときもまた、別れることもすべて教えてくれます。
供養という大切なこともね。
犬を飼うということは、命を預かること!
若くして、事故や病気になるかもしれないし、自分の生計やライフスタイルを慎重に考えるためには、新しい犬や猫との暮らしはお空のこの経験を活かしてゆくんですよね。
お空の子の悲しみはいつか、薄れてゆきます。
寂しさだけ残る。
でも、彼らと暮らした時間まで消えません。
彼らの供養という形にて新しい子を迎えないことも、素敵な答えです。
ペットロスを乗り越えるのは、人それぞれです。
ただ、悲しんでばかりいると確実にお空の虹の橋は、雨が降ります。
私も、今年は、辛く悲しい。命日でした。すると、虹の橋が見えたとき、雨が降っていたんですね。
ペットたちの涙です。
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しばらくして、命日の供養祭のお礼だと知り
元気になると、雨はやみ虹の橋が、ダブルになりました。
元気出してね。とお空の娘たちや子供の頃のペットたちの挨拶なんだと思いました。
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お空の子はいつも、そばにいてくれていますね。
ペットロスが、与えてくれた時間は、忘れるためでわなく命と向き合う大切な時間なんでしょうね。
ペットの供養があれば幸せですよね。
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