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桜の木の約束


第一章:倒れた桜

その朝は、いつもと変わらない春の朝のはずだった。「おはよう!」
いつものように校門をくぐった私は、すぐに異変に気がついた。
校舎の端、図工室の横に立っていたはずの大きな桜の木が、まるで眠るように横たわっていたのだ。
あの桜の木は、教室の窓からいつも見える景色の一部だった。
授業中、ふと外を見るたびに、季節の移ろいを教えてくれる木だった。
春になると、ピンク色の花が満開に咲き、外から見上げる人たちの笑顔も見えた。
道行く人が足を止めて写真を撮っていく、地域の人たちにも愛された桜の木。
なのに今は、校舎の壁に寄りかかるように倒れていた。
まわりには先生たちが何人も集まっていて、警察官らしき人も来ていた。
木の切り口は、ノコギリでザクザクと切られた跡が生々しく、まるで大きな傷跡のように見えた。
「誰かが夜の間に切ってしまったんです」と、涙ぐむ校長先生の声が聞こえた。でも、変だった。
倒れた桜の木の周りに、花びらが一枚も落ちていないのだ。
いつもなら、この季節、道路にまで花びらが散っているはずなのに。


第二章:夜の来訪者


その夜、私は不思議な夢を見た。
窓の外で「カタカタ」という音がして目を覚ますと、月明かりに照らされた庭に、白い着物を着たおばあさんが立っていた。
「あの桜の木のことが知りたいのかい?」
おばあさんは、まるで私の心を読んだかのように話しかけてきた。
「明日の夜、学校に来なさい。でも、誰にも言っちゃいけないよ」

第三章:桜の木の秘密


次の日の夜、こっそり学校に忍び込んだ私を待っていたのは、驚くべき光景だった。
倒れた桜の木の前には、どこからともなく集まってきた不思議な動物たちがいた。
今まで この辺りで見たことのないリスやウサギ、キツネまでもが、まるで昔からの約束を守るように集まっている。
月明かりに照らされた姿は、少し透き通っているようにも見えた。
そして、あのおばあさんも。
「実はね」とおばあさんは語り始めた。
「この桜の木には、魔法がかかっていたの。
50年に一度、この木は自分で横たわって、新しい命を生み出すの。
この場所が特別なの。
毎日、たくさんの人の笑顔を見てきた木だから、その優しい気持ちが木の魔法を強めてきたのよ」
そう言うと、倒れた木の切り口から、キラキラと光る小さな芽が出始めた。
それは普通の芽ではなく、七色に輝く不思議な芽だった。
「でもね、もし人間に切られたと思われていれば、誰も怪しまないでしょう?」おばあさんはウインクした。

終章:新しい始まり


一週間後、元の場所には小さな桜の苗木が植えられた。
でも、それは倒れた木から生まれた七色の芽ではない。
本物の魔法の苗木は、密かに校舎の端、道路から少し奥まった場所に植えられていた。
「キミだけの秘密だよ」とおばあさんは言った。
「50年後、また会いましょう」
それから毎年、その桜は普通の桜とは少し違う色で咲くようになった。
教室の窓から見ると、まるで虹色の輝きを放っているように見える。
でも、それに気づいているのは私だけ。
道行く人々は、ただ美しい桜だねと言って写真を撮っていく。
時々思うんです。
あのおばあさんは、もしかしたら50年前の子どもだったのかもしれないって。
そして50年後、今度は私が白い着物を着て、誰かの窓をノックするのかもしれない。桜の木は、そんな不思議な約束を、静かに見守っているのです。

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灯る光とありのまま日記
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