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「風の行方 〜トンボが辿る空の先〜」

ある夏の夕暮れ、ひとりの少年が田んぼのあぜ道を歩いていた。彼の名前はタケル。小さな村の端っこに住んでいる彼は、毎日のように自然の中を冒険していた。田んぼの上をすいすいと飛んでいくトンボたちが、彼の一番の仲間だった。

トンボたちは、風に乗って田んぼを行き来し、夕焼けに染まる空を舞いながら、どこかへ消えていく。タケルはいつも彼らを目で追いかけながら、ひとつの疑問を抱えていた。

「トンボはどこに飛んでいくんだろう?」

村の老人たちは「トンボたちは夕焼けの向こうにある"忘れられた場所"に行くんだ」と語る。だが、その"忘れられた場所"がどこにあるのか、誰も知らなかった。


ある日、タケルは決心した。「僕もトンボについていって、その場所を見つけるんだ。」夕暮れの空が赤く染まる頃、彼は軽い荷物を背負って、トンボを追いかけて走り出した。

トンボたちはすいすいと風に乗り、山の方へ向かっていく。タケルも一生懸命に走るが、すぐに足が疲れ始めた。それでも彼は止まらなかった。やがて、村を離れ、山奥の知らない場所へと足を踏み入れた。

山の中腹に差し掛かったとき、突然、目の前のトンボがぱっと姿を消した。驚いたタケルは立ち止まり、辺りを見回した。すると、目の前には大きな湖が広がっていた。夕日が湖面に映り、金色に輝いている。

「こんなところに湖があったなんて…」

タケルは湖のほとりに近づいた。その瞬間、不思議な音が聞こえてきた。それは風に乗って囁くような、遠くの声のようだった。まるで誰かが「こっちだよ」と呼んでいるかのように。


タケルはその声に導かれるように湖のほとりを歩き始めた。すると、湖面に一隻の小舟が浮かんでいるのを見つけた。その舟は人が乗っていないにもかかわらず、波に揺られることなく、静かにタケルの方へ滑ってきた。

「これは…乗ってもいいのかな?」

少し迷ったが、好奇心が勝り、タケルは舟に乗り込んだ。すると、舟は自然と動き出し、湖の真ん中へと進んでいった。タケルは湖面に広がる夕焼けの美しさに目を奪われながら、風に吹かれる心地よさを感じていた。

やがて、湖の真ん中に差し掛かった頃、湖面が突然静かになった。そして、湖の奥から光が現れ、タケルの前に現れた。それは一匹の大きなトンボだった。タケルが見たこともないほど美しく、透き通った翅を持つトンボだった。

「お前は…」

そのトンボが、タケルの目の前に止まり、静かに語りかけた。

「我々は、風と共に生き、風と共に消える。だが、ただ消えるのではない。我々が行く先、それは"忘れられた場所"だ。お前が探しているその場所だ。」

タケルは驚きと興奮で胸がいっぱいになった。「僕もそこに行けるの?」

トンボは優しく微笑んだかのように羽を揺らし、「お前が本当に望むなら」と答えた。そして、トンボの翅が大きく広がり、タケルの体を包み込むように風が吹き始めた。

その瞬間、タケルの体は宙に浮き、トンボと共に湖の上空へと飛び立った。風が彼らを包み込み、遠くへ遠くへと運んでいった。


タケルが目を覚ましたとき、彼は見知らぬ場所に立っていた。周りを見渡すと、そこには広がる草原、そして空を舞う無数のトンボたち。彼らは風に乗りながら、自由に飛び回っていた。

「ここが…忘れられた場所?」

タケルは胸が高鳴るのを感じながら、一歩前へ進んだ。その時、ふと足元を見ると、小さな光が輝いていた。手を伸ばしてそれを掴むと、温かさと安心感が広がった。

「そうだ、これが…答えなんだ。」

トンボたちは消えるのではなく、新しい風となり、自由に空を舞う存在だった。そして、その風はいつでも感じることができる。タケルはそのことに気づき、心の中に深い感謝の念が湧き上がった。

彼は再び歩き出し、トンボたちと共に新たな風の旅へと出かけた。


終わり

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