やつはなぜスルメを愛するのか
たぶん、イシュガルドは山国だから、新鮮な海産物が採れないからだと思います。
で、あのあたりの羊飼いの息子だった彼は、当然海の幸とはまるっきり縁がなかったでしょう。
金銭感覚が常人と大きく異なる彼が、旅路の中で何千万ギル費消(つか)ったか知りませんが、路銀を使い果たした挙げ句流れ着いたクガネで口にしたスルメの味は衝撃的だったことでしょう。
「ああ、こいつは相棒にも食わせたいな。あいつとこれで酒でも飲めれば......アイメリクのやつもこんな美味は食ったことないだろう......あいつの自称嫁のルキアはメシマズだろうしな......あの坊や(あるふぃの、と読んでください)にはまだこの味はちょっと早いか......ガキに理解できる旨味じゃないしな」
酒の酔いに任せて、彼の思いは蒼天の彼方まで広がっていったことでしょう。
で、恐らく、それからしばらく経って、神殿騎士団本部の総長執務室に小包が届いたことは想像に難くありません。
青い鎧の総長殿は、絶対自分宛てに手紙など送ってこようとするはずもない親友のあり得ない行動に一驚し、包を開けて、そこに入っていた、何か怪しい生物の触手のような乾いた物体と、そこに添えられた親友の躍るような手跡(おそらくは悪筆であろうと思われます)を見て、さらに唖然したでしょう。
そこに綴られた驚嘆するべき旅路のありようもさることながら、はるか東方で彼が味わったという、「天下第一の珍味」の味と、そのあまりの高価さについての、いささか興奮気味な言葉に総長殿は苦笑したに違いありません。
「しかし、これがそんなに美味だろうか?私も初めて食べる味だが」
総長殿は、細やかな愛情と忠誠をもって仕えてくれる副官の美女に問いかけます。
「わたくしも今まで食したことはありません、が......」
副官はさらに北方の生まれで、そもそも凍っていない海というものを最近まで見たことがなかったひとなので、怪訝な顔で、指につまんだ怪しげな乾いた触手を見つめるばかり。
「これがそんなに高価だとは......蒼天街に豪邸が一軒建つレベルではないか......東方世界というのは恐ろしい所だな」
何のことはありません。世情に疎い点では総長殿もその親友のスルメスキーと大して変わりはありませんし、何しろ「武人、銭を疎んず」という点では東方も西方も同じようなものです。親友の竜騎士が"ボられている"であろうことなど想像も及びません。
そんな総長殿の殿様気質もかわいらしいと思っている副官の美女は、総長殿に二人だけの時に見せる華やかな笑顔を向けて、(アイメリク様には、やっぱり私がついていなければいけない)との思いを新たにしたことでしょう。
総長も無邪気な笑顔を向け、「今夜は、シチューがいいな。ルキアの作ってくれるシチューは、世界で一番美味しいからね」などと言って、すでに親友からの贈り物への関心は失くしているようです。
あいも変わらず、彼はスルメスキーっぷりを発揮しつつ、今度は"相棒"の光の戦士と宝探しの旅に出ています。
アルカソーダラ族の顔見知りの漁師から仕入れた、このあたりで一番のスルメを、畏れ多くもラザハンの太守が炙ったという"アル・フォルノ・トターノ・ア・ラ・ヴァーリニ(スルメイカの焼き物ヴァーリノ氏風くらいの意味でしょうか。筆者のイタリア語の知識も怪しいからなあ)"とでも言うべき特製の逸品を腰袋に入れて。相棒は彼の高雅な食の趣味を理解せず、"胃に悪いからほどほどになさいね"と、彼いわく"女房気取りな"発言をしているのが彼には不満ですが。とはいえ、彼は相棒たる彼女の純然たる気遣いを自分への慕情だと思い込んでいるようですから。平和の訪れというものは素晴らしいものです。
「まあ、相棒は暁の連中に安いギャラでこき使われて、いつも金銭的にピィピィしているし、食うにも困っていることが多いから、本当にいいものを食べたことがないんだろう。こいつと、あとアイメリクと坊やにも今度この味をわからせてやろう。それが友の努めってやつだ」
などと太平楽なことを考えていることでしょう。
「そうとも、ニーズヘッグに貫けぬものはなく、ドラゴンのブレスで炙ったスルメに勝る味はない。ゴブリンチーズなど、この味に比べれば......」
彼はそうつぶやきつつ、海底遺跡への道を辿るのでしょう。ええ、きっと。
[初出:2022年・Lodestone] (いくつか修正を加えました)
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