ビールと書類と緑茶割り
リュウさん、という人がいる。今繋がってるのはインスタグラムくらいで、最後に会ったのはもう1年半くらい前だ。
リュウさんは僕がアルバイトをしていた居酒屋のお客さんで、年は大体30代くらい。正確な年齢は知らないけど、別に知る必要もなかったから聞かなかった。
常連さん、と呼ぶのがどれくらいの頻度からなのかは分からないけど、店長とも仲が良くて飲みに来た時には毎度遅くまで話していた。
魚が好きで、釣りが趣味。仕事は…なんだったっけな、職人さんだった気はするけど詳しい話は覚えていない。
月に一度よりも少し少ないくらいの頻度で顔を合わせていて、僕は店員という立場だったけど、色んな話をしてくれた。
僕はあんまり人と話すのが得意じゃなくて、最初は緊張しながら喋っていたけど、段々と仲良くなれた気がする。ひと回りくらいは年上っぽかったけど、楽しかった。
ビールと緑茶割りが好きで、よく作って持っていった記憶がある。
少し髭が生えていて、笑うと目が細くなるタイプの人だった。
あれは僕がアルバイトをやめる最後の日だった。お世話になった常連さんには「〇〇日にやめます」と言っていて、その日はありがたいことに色んな人が来て話してくれた。
リュウさんも、その一人だった。
彼以外にも沢山紹介したい常連さんはいるのだけれど、今回は割愛することにしよう。またいつか、書くかもしれない。
とにかく、リュウさんも来てくれたのだ。
8時か9時か、そこまでちゃんとは覚えてないけどガラガラと音がして扉が空いて、リュウさんは入ってきた。
一番大きなテーブルに座って生ビールを頼んだ。僕はなんだか「今日でやめるんですよ」とは言いづらくて、いつも通りの感じでビールをだした。
リュウさんもいつもと同じように「ありがとう」と言って、なにやら書類を出して作業を始めた。
僕は邪魔しちゃいけないなと思うと同時に何も居酒屋に持ってきてやる事もないんじゃないか?と思っていた。
しばらくして、リュウさんは書類を片付けて次の飲み物を注文した。それを持っていくと、「今日、最後の日でしょ?ちゃんと来たよ」と笑った。
僕はそこでようやく気づいた。そうか、リュウさんは居酒屋で書類を広げなくてはいけないほど忙しかったのにわざわざ自分のためだけに今日時間を作って来てくれたのか、と。
自分が彼の立場だったとして、同じことができるだろうか。たかだか居酒屋のバイトが辞めるくらいの話で、わざわざ足を運ぶだろうか。
もしかしたらリュウさんにとっては大した事ではなかったのかもしれない。でも、僕は素直に嬉しかった。
多分、自分の中ではお客さんにとって自分は所詮ただのアルバイトで、それに他のバイトよりも喋らないし、面白くもないのだろうと思っていたのだ。
そう思っていたから尚更、来てくれて、覚えてくれていたことが何より嬉しかったのだ。
帰り際、リュウさんはこう言った。「じゃあ、頑張ってね」
俺、頑張ってますよ。きっといつかそんな風にさりげなくも温かい事ができるようになるために、これからも頑張ります。
インスタグラムのストーリーで目を細くして笑うリュウさんに、そう語りかけた。