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最終電車に揺られて
「乗り物」があまり好きではなかった。もちろんプラレールでは遊んでいたし、多分消防車とかもかっこいいと思っていた。
でも、乗るのはあんまり好きじゃなかった。
小さい頃は多分まだ三半規管が発達していなかったのだと思う。とにかく乗り物酔いをする子供だった。運転が荒めのバスはもちろん、船に乗ってみれば吐き、父親が運転する車でも気持ちが悪くなっていた。
唯一、電車だけはなぜか平気ではあった。祖父とでかける時に乗る電車は好きだった。酔いもしないし、開放感もあるし、楽しいし。とにかく、電車に乗る事は非日常で刺激的だった。
それから十数年が経って、今では何の感動もなくスマホと睨めっこしながらただ目的地に着くのを待っている。
切符はパスネットになり、ICカードになった。(ちなみに僕のスマホはまだ対応していない)
代わりに、乗り物酔いも殆どしなくなった。バスに乗っていても本が読めるようになった時は我ながら感動した。高3くらいの時に漁船に乗せてもらった時も、問題はなかった。唯一、二十歳の時に乗った特急電車でかなり体調を崩したりもしたが、それは胃腸炎によるものだったのでカウントはされない、と思う。
青春18きっぷを使っての旅でも電車にはお世話になった。名古屋までは何度か、博多までと鹿児島までは一度ずつ。1日に何時間も電車に乗っているのは辛い事が大半であったが、いい思い出でもある。
印象的なこととして東京から名古屋方面に向かう時の「あるある」を一つ。「永遠に続く静岡県」である。
東海道線に乗ると、意外とすぐに神奈川県に入る。大体、熱海駅行きに乗るから、なんとなく最初の停車駅だし、降り放題ならと改札を出てみる。ちなみに熱海駅からはJR東海へと切り替わるので、そういった面でも「旅に出た」という気持ちになる。
ある程度早朝の熱海を歩いてから電車に戻ると、後はもうひたすら乗るだけになる。どの駅にも「静岡県」の表記があって、気が滅入るのだ。
もうそこまでくると「降りよう」とは思わない。ただ時間が過ぎるのを待つだけになる。
ようやく豊橋まで着くと、大抵は待ち時間ができる。そこでやっと愛知県に入った事が分かり、食料を調達したりする。その時点で「もうたくさんだ」という気持ちになっている。
夜行バス、も格安の移動手段としてはメジャーである。
夜中に出て朝に着くため青春18きっぷよりも効率的に移動できるが、始発に乗るために早起きするのと固いシートに揺られた挙句の寝不足では、殆ど変わらないのではないかというくらい、到着時の気分は良くない。
大阪まで一度、名古屋や白馬まで数度、仙台まではかなりの回数夜行バスに乗車してきたが、慣れるものではない。
「水曜どうでしょう」を思い出して彼らと同じ辛さを味わっていると、言わば聖地巡礼のような気持ちで、やけにうるさいアナウンスにイラつきながら「ケツの肉が取れる夢」を見ないようにと祈るしかないのである。
他に記憶に残っているものといえば神津島に向かう大型客船(これが某探偵アニメであれば誰かが死ぬだろうな、と友人と縁起でもない話をしていた)や、飲み明かしたまま飛び乗ったマイクロバスの最後列で爆睡したことなどがあったりする。
もうあまり乗り物酔いをしなくなった僕の移動手段もそろそろアップデートしたいものだ。
新幹線や飛行機も悪くはないだろう。以前沖縄に行った時に乗った飛行機は思っていたよりも安上がりだった。(成田空港まで行かなくてはいけないのがネックではあるが)
子供の頃には自分で乗る乗り物といえば限られていた。大人になって夜行バスやら大型客船やらに乗れるようになっても、その気持ちを忘れずにいたい。
最後に、子供の頃には乗ったことのない乗り物といえば「最終電車」である。親に確かめてみた訳ではないので定かではないが、今のように少なくない頻度で最終電車に乗る事はなかっただろう。夜中に行くコンビニのように特別だった乗り物は、いまやなんの変哲もないただの車両になってしまったが、たまにはその車窓から外を眺めて感情に浸るのも悪くはないのかもしれない。
家路を急ぐ人、酔っ払い、異様な雰囲気があるその電車では、未だに乗り物酔いをしてしまいそうになってしまうのだけれど。