プラトー、或いは。
自転車に乗れるようになったのが周りの友人よりも少し遅かった。少し広さのある公園で何度も転んだり、木にぶつかったりしたことを今でも覚えている。小2の冬までには乗れるようになっていた気がするが、具体的な時期は思い出せない。
母親はその頃の話を「転びすぎて全身に痣があったせいで予防注射で小児科に行ったら虐待を疑われた」というエピソードで何度も繰り返す。
ギターが弾けるようになったのはいつだったか。中二の最初にギターを手に入れて、最強になった気分だった。
最初は確か安物の教則本を見ながらそこに載っていた曲でも弾いていた気がする。
そのうちに、本屋で分厚い「ブルーハーツ・ソングブック」というコード譜を買った。ボロボロになるまで使った。
内容はブルーハーツの全曲。文字通り「全曲」入っていたのだが、そもそもブルーハーツオタクだった僕には未発表曲が載っていないという不満はあれど、「多すぎる」ということはなかった。
野球が好きになったのはいつだったのか。周りの友人の影響か。
小学校の休み時間にはサードかファーストを守っていて、足はそんなに早くなかったが友達がパワプロで作ってくれたデータだと「パワー」は「B」だった気がする。
放課後も近くの公園で試合に出るわけでも無いのに練習をしていた。
日が暮れるとプロ野球の試合を追うことが楽しみだった。
それから大分月日が経った。しかし、困ったことになった。
どれもこれも、今まではただ「上手くなる」だけだった。初めてギターソロを弾いた時はとんでもなく楽しかったし、素人ながらそれなりの球速を出すことができた時は年甲斐もなくはしゃいでしまった。
しかし、今、それを維持するということがどれだけ難しいかという事を実感している。
今まで何曲もコピーしてきたはずなのに、思い出して弾くことができない。
しばらくボールを触っていなかったら、球速は明らかに落ちた。
なぜか自転車だけは乗れる。体が覚えているからか。それなら他の事も身体が覚えてくれればいいのに、と思ったりもする。
いや、自転車で例えるならばそれは距離や速度なのだろう。
別にギターの弾き方を忘れた訳でも、ボールの投げ方を忘れてしまったわけでもないのだから。
土台は残っているが、そのウワモノを維持する事が難しいのだ。
端的に言おう。「毎日続けたい事」が多すぎる。
本当ならば毎日楽器に触れ、適度にスポーツもし、空いた時間に絵を描き、文章に残したい。
しかしそれが一筋縄ではいかない事も分かっている。
それでも、一度手に入れたはずのものが少しづつ溢れていってしまう事が、悔しく、また悲しいのだ。
この思いは、半分は言い訳であり、また半分は全てのやりたいことをやり遂げるのは事実として不可能であるという事への諦念である。
だとしたら、少しでも出来ることをしよう。無駄だとしても、文字に残そう。
誰が読まなくてもいい、明日の自分がもう一つ記事を書こうと思えるように筆を走らせればいい。
これはスランプではない。プラトーか、或いはただの怠惰である。