嘘じゃないけど、ホントでもない。
「こんなことならこの学校に来るんじゃなかった」と言った同級生がいた。
確かに生活は不便、守らなくてはいけないルールばかり、行事があれば馬車馬のように働かされ、年が下というだけで邪険にされる。
僕の学校は、たしかに「来なけりゃ良かった」と思わせるような場所ではあった。
懇談、と呼ばれる、いわゆるクラスの話し合いの時間に、冒頭の発言は飛び出した。
それがどんな状況で、何が彼にそれを言わせたのか、今となっては思い出せないが、静謐とした教室の中に彼の声が響いていたのを覚えている。
話し合い、と言っても今から考えれば建設的な意見を言うというよりも、時に感情的になり、時に熱く語り合うような、まあ言わば「青春」のようなものだった。
具体的な解決策を探すよりも、それぞれがそれぞれの思っている心の内を吐き出すような、そんなものであった。
「今、彼は「こんな学校に来なければよかった」と言いましたが、それを聞いて僕は悲しくなりました。つまり、今僕らが一緒にいる事も後悔しているって事ですよね。残念です」
次に意見を言ったのはクラスの中でも特に優しく、強い奴だった。僕は今でも彼に少しばかりの憧れのようなものを持っている。時々マイペースすぎるところはあったが、だからこそ強く、そして優しくあれたのかもしれない。
彼は、おそらくその純粋な気持ちから残念であると発言したのだろう。たしかに、同じ学校に入学して出会った僕らの前で、その学校に来なければ良かったと言うのは、ある意味で現在の関係性を否定することに等しいのかもしれない。
しかし、僕はなんだか納得がいかず、一人で考え込んでいた。
果たして彼が言った「こんな学校」という言葉に、僕らーつまり友人達というのは含まれているのだろうか。きっと、そこまで深い意味を持っていたのではないのではないかと、僕は一人訝しんでいた。
それでも、優しさを持った彼にはその言葉はどこか棘が出ていて、刺さってしまったのかもしれない。それを僕は早とちりとは呼ばない。呼びたくない、と思った。
それでも、たまに想像する事はある。もしも自分が自分の母校に通っていなかったら。
事実として認めなくてはならないのは、今の自分を作っているのは母校のおかげであり、友人、先輩、先生方のおかげである。この「おかげ」は「せい」にも言い換える事ができるのだが、つまるところ僕の大部分はあの不思議な、現実とは乖離しているような場所からできているのだ。
しかし、自分が別の人生を歩んでいる事を想像している時に、それらを否定しようとする気持ちはない。たとえ、他の道を取ったとしても、なんとなく、ただなんとなくではあるが、今の友人とは出会っているような、そんな気がするのだ。
だから、それは過去や現在の自分を否定する訳ではなく、ただ純粋に「あり得たもの」を想像しているのに過ぎない。
そこには何か悪いー「こうすれば良かった」などの意味合いすらも、ないのだ。
しかし、釈然としないのはそれだけではなかった。冒頭の発言があってから何年か、何ヶ月か、定かではないがそれは卒業を間近に控えた日々の事であった。
母校はいわゆる普通の高校とは違って、3年の3学期になってもしばらく学校が続いていた。周りのーと言っても比べるような他校の友人など僕には殆どいなかったのだがー高校生達はもうとっくに遊び惚ける期間に入っていて、それが羨ましく感じる人もあっただろう。
「最近、「なんでこんな時期まで学校に来なきゃいけないんだ」と言ってる人がいます。でも僕はまだ卒業したくなくて、その気持ちが分かりません。みんなはもうさっさと終わって欲しいんですか?」
静かに、しかしはっきりと、強く、また優しく。彼は言った。それはまたある日の話し合いの時間だった。
その時、僕は彼に同調していた。きっと、「早く終わって欲しい」という気持ちは「みんなと別れたい」という気持ちを内包してはいない。
「早く終わって欲しい、でもみんなとは別れたくはない」という、一見すれば矛盾しているような感情は、しかし、確実に存在しうる。
ただ、僕は、それを分かった上でも、やはり悲しかった。
深い意味などない事は知っていても、それでも、「早く終わって欲しい」などとは言ってほしくなかった。
二つの言葉。何が違うのだろうか。きっと本質的には同じだ。含みのないところから勝手に想像して傷ついているだけだ。
卒業間近で変に感傷的になっていたから、昔みたいに冷静な、言葉を変えれば冷めたような捉え方をできなかったのか。
ただ、本当はあの場所がそんなに嫌いではなくて、「早く終わって欲しい」とすら思っていなかったのか。
答えはきっと出ない。相反する感情がないまぜになって存在するように、どうとでもとれる混沌とした気持ちがそこに「ある」という事だけが答えだ。
言葉の裏の裏の、そのまた裏まで読んでしまう必要はないかもしれない。
ただ、強くて優しい彼が傷つくくらいなら、僕は正直に「寂しい」と言えるようになりたい。
ごちゃ混ぜの感情の、どこか一つくらいは誰も傷つけなくて済むんじゃないかと、希望的観測で今日も矛盾を口にしている。