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アパートメント紀行(16)

マドリード #2


 またもや晴天の朝、リスボンで乗ったのと同じ、乗り降り自由の市内観光バスに乗り、荘厳な王宮や立派な騎馬像のある広場などを車窓から眺める。
 夏のマドリードの雲ひとつない空に、歴史的建造物の凝った屋根や教会の十字架がきれいに映えることこの上なくて、絵葉書のようにうつくしいマドリードの景色を堪能する。
 着飾った貴族が今にも玄関から出てきそうな中世の建物の隣りに、近代的なオフィスビルが並んでいるマドリードの街並みは、中世と現世が違和感なく調和しているように思えて面白かった。

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 午後からはプラド美術館へ。宮殿のような美術館の前に、浮世絵のポスターがあり、「Estampas Japonesas」と書いてある。ゴヤ像の横の木陰のベンチで辞書を引いてみると、直訳で日本の印刷物。これで浮世絵って意味になるのかと感心する。

 無料になるのは夕方からだったけれど、せっかく世界三大美術館の一つへ来たのだから、十四ユーロ支払って中へ入る。
 広々としたロビーには、数種類の言語別のパンフレットが置かれていて、日本語と英語のパンフレットを手に取る。
 私は日本語で書かれた外国の印刷物の間違いを探すのが好きなのだけれど、美術館の立派なパンフレットには、期待通り変な日本語があって嬉しくなる。

 膨大なコレクションを誇る広大な美術館を、ゆっくりゆっくり見て回る。歴代王家のコレクションの中で有名なのは、ベラスケスの「女官たち」、ゴヤの「裸のマハ」「着衣のマハ」、デューラーの「アダムとイヴ」など。エル・グレコの宗教画も多数あり、日本で見たことのある絵も多かった。
 
 ポスターで告知されていた浮世絵は、意外にも小さな部屋に展示されていて、状態の悪い安藤広重や歌川国貞らの浮世絵が少し並んでいるだけだったけれど、日本人以外の観光客は、それらに熱心に見入っていた。
 美術館の中央部分に、ガラスケースに入れられた尾形光琳と酒井抱一の屏風絵があって、その二隻のうち、東京国立美術館からやって来たという酒井抱一の「四季草花図屏風」に、私はいたく心酔した。
 作品そのものにも感動したのだが、これが一世紀近く前に描かれ、その絵が今、スペインにあるということに妙に心動かされる。日本で観た「裸のマハ」と、ここで観る「裸のマハ」は、印象が違う。その違いがなんなのかはまだわからないけれど、芸術作品も旅をするのだということに今さらながら気づいた。

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 プラド美術館を出て、レコレトス通りを数十メートル西に歩いたところに、ティッセン・ボルネミッサ美術館がある。
 じりじりと照りつける太陽と、絶え間なく鳴いている蝉のパワーにめげそうになりながら、大通りを歩いていると、突然、ラッパの音が聞こえてきた。クラクションの音にも似ているけれど、それより明らかに軽い、スポーツ観戦の際に鳴らされるようなラッパの音だ。

 車の流れが途絶え、歩道を歩く人々も立ち止まり、何かがやって来る気配がする。暴走族でもやって来るのかと立ち止まって見物客の仲間に入ると、遠くから自転車の集団がやって来た。そして、ああ、その集団は、な、なんと、裸の集団だ! 一糸まとわぬ姿で自転車に乗った人たちが、集団でラッパを鳴らしながら賑やかにやって来る。

 沿道には、びっくりして見ている人と、知っていて見ている人がいて、知らなかった観光客が、知っている地元の人に尋ねているのを聞いていると、これは、シクロヌーディスタといって、車社会に抵抗の意思を示すデモで、アメリカやロンドンやベルギーでもやっているのだと教えてくれていた。

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 裸の人たちは、楽しそうに自転車を漕いでいて、背中に抗議文を書いていたり、小さなプラカードを持って片手運転している人もいる。カメラを向けても大丈夫なのだろうかと迷っていると、見物客たちがあちこちで写真を撮っていたので、私も恐る恐るカメラを向けてみる。
 すると、すっ裸の人たちが、自転車で通り過ぎながらピースサインをしてくれたり、とびっきりの笑顔を見せたりしてくれたので、それからは安心して写真を撮りまくった。

 裸の自転車デモ隊が通り過ぎ、パトカーの列も通り過ぎ、大通りが正常に戻ったところで信号を渡り、ティッセン・ボルネミッサ美術館へ向かう。
 入り口の列で、同じものを見学していた人たちと盛り上がり、いいものを見たわねえ、というおばあさんや、きっと美術館の絵がつまらなく思えるだろうな、というおじさんたちと、楽しい高揚感を共有した。

 ティッセン・ボルネミッサ男爵親子のコレクションは、エリザベス女王のコレクションに次いで世界第二位らしい。お父さんの方の男爵は、十四世紀、十五世紀からの作品を、息子の男爵は、十九世紀、二十世紀の作品を買い集めたという。さっきプラド美術館で歴史の古い作品をたくさん見たので、ここでは、モネやゴッホやピカソなど、近代の作品を中心に見て回った。

 ついさっきまで筆をとって描いていたかのようなゴッホの筆致にどきどきし、暑い時に見るのに最適なモネの睡蓮に涼を感じて立ち止まる。館内の素晴らしい絵画から立ち昇る息遣いに圧倒され、やっぱり絵は本物を見るべきだなあとため息をつく。
 どの絵も素晴らしかったけれど、私が思わず息を飲んで立ち止まってしまったのは、エドワード・ホッパーの「ホテルルーム」という絵の前だった。

 何気ない日常を描くこのアメリカのリアリズム作家の絵には、常々、都市の寂寥感や人々の不安感が潜んでいると思っていて、あまり好みの絵ではなかったのだけれど、マドリードの上品な美術館の暖かいオレンジ色の壁に掛けられている絵に、私は何かを掴まれてしまった。

 それは、下着姿の女性が、小さなホテルの部屋のベッドに座り、脱ぎ捨てた服も靴もそのまま、一人静かに手紙を読んでいる絵だった。
 荷解きもしていないトランクと、清潔なベッドの白いシーツがリアルに描かれており、それはまさに、私が今泊まっているホテルの部屋と同じだったから、ああ、この下着姿の女性は私だと、絵の中に自分を発見してしまい愕然となる。

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 人は、それぞれ、見たいように絵を見るのだと思うけれど、見たくないものを見てしまうこともある。中年女が優雅な一人旅に出て、美術館の小さな絵の中に、自分の孤独を見つけてしまう。
 楽しいことが毎日たくさんあるのに、楽しむコツだって知っているのに、その裏に潜んでいる胸を締めつけられるような孤独感。私の心はあっという間に縮こまる。
 美術館の温かいオレンジ色の壁が、冷たいレンガ色に見えてくる。冷房の吹き出し口から流れてくる風がむき出しの肩にあたり、鳥肌が立つ。外の熱気を忘れてしまうほど、私の心は冬に逆戻りする。

 しばらくその絵の前に立ち尽くし、やっとのことで立ち去りながら、でも、と思い直す。本を読むと自分の事が書かれていると思えることがあるように、絵の中の人物が、自分の姿のように思えることもあるのかも知れない。
 良い本、良い絵と呼ばれるものは、そのような共感や普遍性を持つもののことなのだろうから、私が絵の中に見た自分の孤独は、世界中の人が抱えている孤独でもあるのだ。

 私は一人で旅に出て、向き合う相手が自分しかいないから、かなりナルシスティックになってきている。エドワード・ホッパーが私を描いたわけではないことに気づくのに十五分ほどかかってしまったけれど、絵の持つ力に改めて気づけて良かったと思った。

 気を取り直して、併設の洒落たレストランに入り、ワインとパスタのパエーリャを頼む。レストランの客は、大抵が二人連れだ。もしくはもっと大人数。一人でいることの寂しさを感じるけれど、美味しいワインとパエーリャとかっこいいウェイターの三点セットに気分は良くなる。少しの間だけ孤独感に苛まれていた私は、いとも簡単に呑気さを取り戻す。

 旅に出ると、得るものより失うものの方が大きいと、誰かが何かの雑誌に書いていたことを思い出す。私は何を失っているのだろうと考えながら勘定を支払い、ふと気づく。私が旅で失っているものは貯金だ。

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 翌朝、無性にラーメンが食べたくなり、ネットで調べると、日本のラーメンを食べられるお店は簡単に見つかった。ホテルからぎりぎり歩いて行けるお店に狙いを定め、地図に赤ペンで道順を書き込む。
 リスボンでパナマ帽を買っておいて良かった。つばのある帽子がないと歩けない陽射しの中、街を歩き出すと、街の様子が何だか違っている。

 まず、車の数が異様に少ない。それに、方々に警察車両が停まっていて、街に警察官が溢れている。事件でも起こったのだろうかと思っていると、道端のゴミ箱に、無理やり突っ込まれたプラカードを見つける。今日もまた何かのデモ隊が通るのだろうか。

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 地図につけた赤い線を辿りながら歩いていると、まるで私がラーメンを食べに行く道筋を、政府がわざわざ車両通行止めにして護衛までつけてくれたような感じで、スムーズにお店へ到着した。辿り着いたお店はラーメン屋ではなく、ちゃんとした高級そうな日本料理店だった。

 可愛らしいアジア系の女性が、冷房の効いた店内に恭しく迎え入れてくれ、白い清潔なクロスがかけられたテーブルに案内してくれる。片言の日本語で、しばらくお待ちくださいね、というので待っていると、氷の入った水と日本語のメニューを持って来てくれて、お決まりになりましたらお呼びくださいと、難しい日本語の台詞を照れながら一生懸命に話すので、その様子が微笑ましくて、彼女の人生を応援したくなった。

 メニューを眺めると、日本料理と中華料理が一緒になったアジア料理が写真つきで美味しそうに載っていて、うどんやウナギに心惹かれながらも初志貫徹。先ほどのかわいい女性にラーメンをくださいといい、それからメニューの点心のページにあるピンク色の蒸し餃子を指差して頼むと、お飲み物はいかがですか? と丁寧に聞いてくれる。じゃあビールをくださいというと、アサヒとキリンのどちらにしますか? と聞くので、ものすごく迷ってアサヒスーパードライを頼み、早速運ばれてきたビールを飲みながら日本気分を満喫していると、日本人のオーナーがテーブルにやって来て、今日のデモは労働組合系のデモだと教えてくれる。緊縮政策と記録的な失業率に抗議する大規模なデモ行進が行われているとのことだった。それからオーナーは、お料理が出来るまでこれでもどうぞと、タブロイド判の日本語新聞を持ってきてくれた。

 日本のニュースをダイジェストにわかりやすくまとめた月刊の新聞は、マドリードの日本人会の発行で、最新の六月号には、盆踊り大会の案内や星占いの記事などが大きく載っている。

 与えられた機会、環境、物質を全て受け入れることが前進への一歩です、という私の星座の欄を食い入るように読んでいると、オーダーした味噌ラーメンが運ばれてきて、美味しい手打ち麺に舌鼓を打つ。セイロに入った蒸し餃子も運ばれてきて、熱々の餃子とビールの相性は最高。星占いには、肝機能の低下に注意、とも書いてあった。

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 店を出て、しばらく歩くとデモ行進に出くわした。揃いの赤い帽子と赤いベストを着た人や、赤い旗を掲げている人たちは、労働組合の人たちなのだろう。手作りのプラカードを掲げて普段着で歩いている人たちは、十代の若者から杖を突いて歩いているお年寄りまで様々。テレビ局のクルーも大勢いて、それを見守っている警察はわりにのんびりしている。

 スペインの若者の失業率は五十パーセントを超えているという。それを知ってから、先ほどの料理店の店員も、これまで出会った小さな雑貨屋やブティックの店員も美術館のスタッフも、みんなとても仕事に誇りを持って働いているように思えた。

 デモ隊を追いかけながら歩いていると、いつの間にかアトーチャ駅に戻って来たから、そのままソフィア王妃芸術センターへ入る。日曜日は無料。「ゲルニカ」を探す路程。

 二基のガラス張りのエレベーターが外づけされている四階建ての美術館は、昔は病院だったらしい。エレベーターに乗って、ゲルニカがあるという二階へ行き、回廊になっているフロアを、ミロやダリの作品を見ながら回っていると、突然、キュビズムの創始者が描いた巨大な絵が現れた。
 
 縦三・五メートル、横七・八メートル。大迫力の壁画には、人間の目をした牛、絶望的に天を仰ぐ人、子ども抱えて泣き叫ぶ母親、狂ったような馬、逃げまどったり倒れている人などが描かれている。
 私はしばらく絵の前に立ちすくむ。ゲルニカはモノクロームだったけれど、私の目は確かにそこに、血の赤と、絶望的な青を見た。

 スペイン内戦時、パリにいたピカソは、ナチスによる無差別空襲を受けたゲルニカの町の惨禍を新聞で見て、その時依頼を受けていたパリ万博のスペイン館の壁画の絵を、急遽ゲルニカに変更したのだという。約一ヶ月で描き上げたという絵は、乾燥の早い工業用ペンキで描かれているそうだが、私の目には油絵具に見える。

 ピカソが好きで、ピカソに関する本やDVDをいくつか読んだり観たりしたことがあるが、ピカソはよく、「絵に意味を持たせるのは私の仕事ではない、私はただ、見たままを絵に描くだけだ」といっていた。一九三七年、パリの万博で大反響を起こしたこの絵が、反戦のシンボルとして世界中に名をとどろかせた時、ピカソはただ黙々と、白と黒のペンキを片づけていたそうだ。

 美術館の涼しい中庭で、私はベンチに座り、小さな端末からゲルニカ情報を得ている。この、瞬時に世界中の情報が得られる端末は、美術館のどの絵より小さいけれど、一枚の絵の歴史を知るには役に立つ。

 マドリードで涼を求めて美術館のはしごをして、胸やけを起こすほどたくさんの絵を見た。そして今、芸術の持つ意味というものについて考えている。
 芸術を鑑賞するということは、今の私にとって、時間旅行をするに等しかった。中世の宗教画を見ると、重厚な石壁の教会の中にワープし、ルネッサンス絵画を見ると、メディチ家支配下のイタリアへワープする。印象派の絵画を見れば、優雅なフランスのサロンに行くし、ベル・エポックに触れると、戦争の気配が忍び寄る気配を感じる。フォービスムでやっと地中海の光を思い出してホッとして、現代アートはまだあんまりわからない。
 そして帰り道、マドリードの街のあちこちにある彫刻の見事さに感動し、いちいち写真を撮っていたら熱中症にかかりそうになった。
 
 こうやって、アトーチャ駅から半径一キロメートルの円の中をうろうろしていただけのマドリード滞在は終わる。距離は動かなかったけれど、時間軸だけは移動した気がするマドリードだった。

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