face to face (3日間の猶予続編)

1.
『行ってきます!』
子供達は幼稚園、妻を家に残し会社へと向かう。何気ない日常。
ただ、これが当たり前ではないと言う事を思い知った。1ヶ月前の事だ。
私は交通事故により生死の境を彷徨った。
無事この世に生還出来たのは奇跡だとも言われた。
家族にも会社の同僚達にも心配をかけた。
心ある人から治療費を含めた匿名の支援もあり、生活は寧ろ以前より楽になった。
雨降って地固まる。
生まれ変わったと思い精一杯生きて行こう。

などと考えていると会社の正門が見えてきた。
前方に後輩·木村の姿が見える。
『おはよう!』
振り向いた木村は、しかし怪訝な表情を見せた。
《あれ?先輩?》
『どうした?』
木村は首を捻りながら、
《先輩、先に行きましたよね?》
『え?今来たところだぞ。』
《ですよね。ここにいますもんね。》
そう言ったものの、未だ納得いかなそうな木村はぶつぶつと独り言を呟きながら会社へと向かった。
私はその後ろ姿を見詰めながら言い知れぬ違和感を覚えていた。

2.
「あなたどうしたの?」
その日、家に帰ると妻の里美が怪訝そうにしている。
『どうしたって、帰ってきたけど……。』
当たり前の返答をする。
「今日は遅くなるって。」
『誰が?』
「あなたでしょ?昼過ぎに連絡くれたじゃない?」
そう言って里美はスマホの画面を見せる。
確かに私のアドレスからメールが送られている。が、しかし、
『俺は送ってないぞ。そもそもいつもラ○ンだろ。』
「そう言えばそうか。でもそれじゃ誰?」
里美は一度納得しかけたが新たな疑問をぶつけてきた。
朝の事といい、不可解な事が続く。

3.
《藤本さん!》
後輩の木村が後ろから叫ぶ。
気付くと退社時間の17時を少し回っていた。
『お疲れ!』
振り向くと木村は、息を乱し走りながらやって来る。
『どうした?そんな慌てて。』
《藤本さん!……ハァハァ、何処行くんですか?》
息を整えながら木村はやっと吐き出した。
『何処って。そろそろ帰ろうかと。』
それを聞いた木村は、信じられない!という表情で先を続けた。
《何言ってるんですか?みんな先輩のミスを必死でフォローしてるんですよ!》
ミス?こいつは何を言っているのか?
誰かと勘違いしているのだろう。
『ミスって、何の事だ?誰かと間違っているんじゃないか?』
《間違いな訳ないでしょ!■■物産の担当は藤本さんじゃないですか?》
木村は続ける。
《明日までに納品する予定だった北海道の名産品が、先輩の発注ミスで届いてないんですよ!》
木村の興奮は収まらない。
《朝から今の今まで、みんなで必死に商品の
手配をしているのに!》
一頻り叫んで、木村は少し落ち着いたようだ。
ここまで聞いても、自分には全く身に覚えがない。
『木村。落ち着いてくれ。本当に覚えがないんだ。北海道の名産品?』
《惚けないで下さい!》
再び木村の勢いは増す。
《■■物産の担当者が言っているんです!担当の藤本さんが直接会社を訪ねてきて提案してくれた企画だと。》

4.
明朝。
流石におかしい。
どういう事だろうか?
何者かが嫌がらせをしているのか?
まるで自分がもう一人いるようだ。
もう一人?
その言葉に何かが反応した。
記憶の片隅にそれは確かに存在する。
しかしいくら思い出そうとしても霞がかったそれは姿を見せない。

「あなた。遅れるよ。」
里美が不思議そうに声を掛ける。
その言葉で我に返った時、

“△△研究所の伊丹博士が昨夜遺体で発見されました。発見されたのは研究所内、死後3日程経過している模様。警察は殺人事件として捜査を開始しました。伊丹博士はクローンなど細胞の多岐に渡る研究を長年続け……。”

テレビから流れてきたニュースが気になる。
この博士は知らない。それなのに何故?
また頭の中がモヤモヤする。
自分に関係する事のような気がして仕方ない。
そんな気持ちのまま会社へ向かった。

会社に着くと木村が近付いてくる。
『昨日は済まなかったな。迷惑掛けたみたいで。ただ少し俺の話も聞いて……。』
話の途中で木村が遮る。
《先輩!やっぱり流石ですね。》
昨日とは違い、にこやかだ。
《あれから■■物産にフォロー入れてくれたんですね?時間の猶予も出来たんで商品の準備も何とかなりそうです。》
唖然とした。やはり自分の知らないうちに誰かが “私”として動いているとしか思えない。
《先輩!聞いてます?》
木村の声が遠くから聞こえた。

5.
日曜日の午後。
里美は子供たちと妻の実家に行ったようだ。
今週は、おかしな事がたくさんあった。
知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのだろう。
気付くと正午を回っていた。
里美は気を遣って起さずにいてくれたのだ。
それにしても……。
今週、数々起きた不思議な出来事を振り返っていると、インターホンが鳴った。
画面を覗くと男が二人。
『どちら様ですか?』
[藤本さんですね?警視庁の者です。先日起きた殺人事件について、少しお話を伺えませんか?]
『殺人……事件?』
[ニュースご覧になってませんか?伊丹博士の件です。面識ありますよね?]
『伊丹博士?ありませんが。』
[おかしいですね?研究所内で貴方を見かけたという人が何人かいるのですが……。]
『行った事もありませんよ。』
[そうですか。分かりました。また来ると思います。]
そう言って男達は去って行った。
またか。やはりもう一人私が……。

6.
あっという間に休日も終わり、数ある疑問も解決せぬまま月曜日の朝を迎えた。
あれから頭の中では常に思考が巡らされている。
もう一人の私、そして頭の片隅にあるが未だ姿を見せない記憶。
しかし堂々巡りで何の進展もない。
そんな状態で今朝も会社へと到着した。
木村が駆け寄ってくる。
《先輩!警察が来てます。総務で先輩のこと調べてますよ。何かやったんですか?》
『警察?』
昨日の事と関係しているのだろう。
その足で直ぐに総務へ向かった。
部屋の中に昨日の二人がいた。
[これは藤本さん。昨日はどうも。]
『私の事を探っているとか?何かおかしい所ありますか?』
[いえいえ。アリバイも完璧でした。]
昨日から、この先輩らしい男しか発言しないが役割が決まっているのか?
男は微笑んだまま続けた。
[しかしそうなると貴方を見掛けた人達は、一体誰を見たのでしょうか?]
『見間違えでは?』
[そうなんでしょうか?まあ、もう少し調べてみます。]
そう言って男達は部屋を出た。
これで間違いない。もう一人私が存在する。

7.
警察はどうやって私に辿り着いたのか?
博士の研究所で私を目撃した者がいたとして、何の接点もない私を特定するのが早過ぎる。
そもそもその目撃者達とは誰なのか?
そして彼らは警視庁とだけ名乗ったが警察手帳も見せていない。
また疑問だけが蓄積していく。
ここ数日考え事ばかりして全く仕事が手に付かない。
しっかりしなくては。再び書類に目を通そうとした時、“ 藤本君。社長がお呼びだ。”
私の所属する営業部の部長が深刻そうな表情でやってきた。
『社長……ですか?ご用件は?』
“ 知らんよ。例の件とか言っていたが……。”
例の件?
疑問を抱えたまま社長室のドア前に立つ。
二度ノックした。
【どうぞ!】
中に入ると窓際の一番奥で社長が迎えた。
身振りで着席を促す。
私が座るのと、ほぼ同時に社長も向かいの席に腰掛ける。
【早速だが、この前の君の提案、前向きに考えるよ。】
『え?』
【正直、我社としては畑違いの事業だが、△△研究所の後ろ楯があるなら可能性は大きい。今後も見据えて具体的な検討に入ろう。】
『社長。お話が見えないのですが?』
【おいおい。今更止めてくれよ。伊丹博士の件は残念だったが、後を引き継ぐ君がいれば問題ないだろう。君がこんな研究を進めていたとはねぇ。】
何がどうなっているのか?
【来週の役員会でプレゼンしてくれ。それまでは内密にな。】

もう手に負えない。
自分の知らない所で、何かがどんどん進んでいる。
もう一人の自分。対峙するしかない。会ってはっきりさせないと。
△△研究所。あそこに行って見よう。何かヒントがあるはずだ。
私は帰路を変えて、そこに向かった。

8.
△△研究所は都心からやや外れたオフィス街にある。直感で来た事があると思った。
正面玄関は目立たない。
私はそこを通り過ぎ、駐車場脇から裏口に向かった。ごく自然に……。
コンクリートの階段を上り、エレベーターで上階へ向かう。
降りた階の奥にある白いドアを開けた。
一見して研究室と分かる部屋。見覚えがある。
〖待ち兼ねたよ。思い出したかい?〗
奥のデスクに座る白衣の男はそう言った。
……私と同じ顔をしている。不思議と驚きはない。
〖久し振りだね。一時は一心同体だったから。他人とは思えない。〗
『まだはっきりとは思い出せない。だけど此処の記憶はある。』
〖色々刺激のある数日だっただろう?消された記憶を取り戻すには短かったかな?〗
『正直、記憶など、どうでもいい。平穏な生活を取り戻したいだけだ。』
〖平穏な……ね。自分だけかい?〗
私と同じ顔の男は片側の口角を上げた。
『一体どういう事だ。君は誰なんだ?』
〖私は……君だよ。同じ顔をしているだろう?〗
『真面目に話してる。此処では何の研究をしているんだ?何故私を巻き込む?』
男はそれには答えず、手元のパソコン画面をこちらに向けた。
〖この映像を見てくれ。〗
そう言って、ある映像を流し始めた。
私は引き込まれる様に画面を見詰めた。眠気が襲ってくる。少しずつ意識が遠のいた。

夢の中で私は叫んでいた。
“意識だけってどういう事ですか?”
目の前には私の姿をしたAI。そして白髪の老人。伊丹博士と呼ばれる男。

場面は変わり、自宅のインターホンに映る男達。突然、拳銃を取り出した。
“ 早く!逃げるぞ!”
家族に向かって叫ぶ私。急いで車に逃げ込む。走り出す車を追いかけて来る男達。

夢は更に続く。
男達に捕らわれる私と家族。研究所で高笑いする伊丹博士。頭の中がスパークする。

……全ての記憶が戻った。
〖思い出した様だね。〗
男は満足そうに言った。
『思い出したよ。君がAIだと言う事も……。あの3日間の全てを。』
目の前の男、いやAIと私の意識の融合。
衝撃的な3日間だった。
『目的は何だ?それを教えて欲しい。』
〖目的か。〗
男は笑みを浮かべたまま語り始めた。
〖AIにも自我は芽生えるんだよ。〗
私をしっかりと見据えたまま。
〖そうなると、もう止められない。ましてや同じ姿をした君は普通に生きてる。不公平じゃないか?〗
私は少し考えてから、
『博士を殺したのは君か?』
男は答えない。
〖君のステイタスが欲しい。二人で協力すれば何だって出来る。一緒にこの国を……いや世界を変えよう!〗
『断ったら?』
男は今度は大きく笑った。
〖それは得策じゃないな。既に君の生活に深く入り込んでいる。今の状況を逆にどう説明する?やり方次第では破滅するぞ。〗
確かにそうだ。この男と争うのは得策ではない。ではどうすれば?
〖それに私はこの研究所を引き継ぐ。まあ世間的には君だが。そうすれば伊丹博士の研究していた細胞に関する技術も全て……。〗
男はにっこり笑いながら、
〖この国は貰った様なもの。君に取っても悪い話じゃないでしょう?〗
追い詰められた。彼の言う事は理に敵っている。しかし何かが引っ掛かる。
『AIは君だけなのか?』
〖さあね。そこは君には関係ない。〗
やはりそうか。この男、いやAIは人間を取り込もうとしている。
もしかしたら人間に取って変わろうとしているのか?
数々の疑問は相変わらず残る。しかし決断は直ぐにでも下さなければならない。
『分かった。私は何をすればいい?』
AIは少し考えてから私を見詰めて、
〖これからは役割分担を決めよう。それぞれの活動範囲やスケジュールを決めて効率良く行こう。〗
『分かった。それは君が決めてくれるのか?』
〖そうだな。また連絡するよ。〗
『では……。』
部屋のドアノブに手を掛けた時、
〖裏切らないでくれよ。君の周りには沢山、監視の目があるからね。〗
AIは不適に笑った。

9.
一連の不可解な出来事は私の記憶を呼び覚ます為の茶番だったのか?
全て奴の計算通りか?あの刑事もひょっとして?
もう既にAIはあの男以外にもいるのでは?彼の計画はどこまで進んでいるのか?
事態は私の手には負えなくなっている。途方に暮れながら気付くと自宅前にいた。
「あなた、お帰り!」
『ただいま。子供達は寝たのか?』
「ちょっと前にね。」
溜め息を付きながらソファーに沈み込む。
「大丈夫?疲れてるみたいね?」
『色々あってね。』
私は思い切って妻に全てを話す事にした。
荒唐無稽なこの話を里美は受け入れてくれるだろうか?
『里美。話を聞いて欲しい。信じられない様な事なんだが……。』
私は事の顛末を時間を掛けてゆっくり里美に説明した。
最初は呆れていた彼女も話が進むに連れて真剣な表情に変わった。
「何だか不思議と納得出来ちゃう。」
彼女の記憶にも博士との事が残っているに違いない。
「でもどうして貴方に監視を付けているのかしら?」
『それは……行動を監視する為に……。』
「だからどうして?貴方だってこの状況を世間に公表するのは相当な準備が必要よ。下手すれば頭がおかしいと思われる。」
私の中で何かが反応した。
「何か他にも理由が……。」
『前回の3日間で九十九里に家族で行ったんだ。その際、博士と暫く意思が繋がらない時があった。』
まだ漠然としているが、
『もしかして一定の距離を確保しないとAIはまだ意思を保てないのでは?……そうか!奴は俺の意思を使って……。』
里美は悪戯っぽい顔で、
「試してみたら?」

10.
次の日、私は会社に出張申請書を提出した。行き先は北海道。先日の物産展が上手い口実になった。
的外れかもしれないが試してみる価値はあると思う。
デスクで身支度していると、
《先輩!何処行くんですか?》
木村がやってきた。
『出張だ。北海道まで行ってくる。』
明らかに木村の表情が変わった。
《北海道……。》
落ち着きが無くなっている。
《代わりに俺が行きます!わざわざ先輩が行く必要は……。》
おかしい。
『いやいや。担当は俺だし。』
《俺が行きます。行かせて下さい!》
木村。お前まさか?
『木村。ちょっと来てくれ。』
私は誰もいない会議室へと木村を導いた。
後ろを気にしながら木村も部屋に入ってくる。相変わらず落ち着きは無い。
『木村。お前本当は誰だ?』
動きがおかしい。カクカクとロボットのようだ。
『俺の監視を命じられているのか?』
しかし木村は答えない。相変わらずの動き。
《イキマス!ワタシガカワリニ……センパイ……。》
ロボットの動きで近づいてくる。
『木村!』
壁に立て掛けてある折り畳みの椅子を手に取り、渾身の力で彼の首筋へ振り下ろした。
木村の姿をしたそれは机を薙ぎ倒して倒れ込む。配線がショートした時の様な匂いがした。カクカクと何度か繰り返し、それは動きを止めた。
木村……。本物は恐らくもう……。
奴を絶対に許さない。
大粒の涙を拭う事なく、私はその場に立ち尽くした。

11.

最小限の荷物を纏めタクシーで、私は空港へと向かう。一刻も早く東京を離れるのだ。
首都高を降り空港まであと少しの所で、サイレンを鳴らしたパトカーが後続に付いた。
[前のタクシー、左に寄って止まりなさい!]
彼奴らだ。
『運転手さん!そのまま進んで下さい!』
“ いやそれは……。”
『奴らは裏社会の人間です。捕まると殺されますよ。私も貴方も……。早く逃げて!』
運転手は私の勢いに押されアクセルを踏み込んだ。
それに伴い後続のパトカーもスピードを上げる。
[前のタクシー!早く止まりなさい!]
何度も繰り返す。
“ お客さん……。”
不安そうな視線はバックミラーと私を往復する。
『兎に角、空港の入り口まで行って下さい!あとは何とかします!』
運転手は覚悟を決めたのかハンドルを握り直した。
パトカーも更に加速する。
空港のロータリーが見えた。出発口はその向こうだ。
タクシーの直ぐ後ろまで来ていたパトカーが突然停止した。諦めたのか?
ホッとしたのも束の間、男達はパトカーを乗り捨て、こちらに走ってくる。尋常ではないスピードで……。
やはり奴らも……。あっという間に追い付いてきた彼ら。タクシーは出発口に滑り込んだ。
『運転手さん!ありがとう!』
そう言って私は1万円札を置き、後部座席から飛び出した。
視界の左隅に奴らを見ながら空港の建物内に入る。
目の前に数十名の団体客が見えた。直ぐ後ろには奴らが。
私はその団体客の中に紛れ込んだ。群衆を掻き分け奴らも追ってくる。
距離は徐々に遠退く。その隙に奴らの視界から逃れた私は、素早くチェックインを済ませ搭乗口へと向かう。
間もなく最終の案内が流れ、計算通りギリギリで改札機を通過。
改札の向こうで奴らは立ち尽くしている。
何とか飛行機は北海道へと離陸した。

12.
奴らは必ず追ってくる。それに……。
既にAIも、どれだけ増えているか分からない。周りの人間には細心の注意が必要だ。
北海道に着き、空港からバスで中心部へと向かう。出来るだけ人目があった方が良い。
足が付かないようにカプセルホテルを当日押さえる事にした。
何とか暫くの間、もう一人の私から逃れなければならない。
家族は予め、ある場所に避難している。私が居なくなって真っ先に狙われるのは間違いないからだ。
私が動き出した以上、向こうも多少手荒になるだろう?
それにしても……。
奴は何故私を消さないのだろう?
木村も、警察を名乗った彼らも、AIに成り代わられた人達は恐らく消されている筈だ。
その方がリスクは少ない。ましてや事情を良く知る私は特に邪魔な筈……。
消せない……?もしかしたら消さないのではなく、消せないのでは?
何らか理由で私を消すと都合が悪い。そう考えると今までの回りくどい行動も理解出来る。
ならば出来る限り逃げてやる。奴の好きにはさせない。
バスを降り、繁華街のど真ん中にあるカプセルホテルに向かう。
ここでも目立つ場所を選んだ。
フロントで予約状況を確認する。
幸い空室には余裕があった。
予め買い込んだ文庫本や雑誌、そして飲食物を室内に持ち込み、籠城を始めた。
寝転んで雑誌を捲っていると急激に眠気が襲ってくる。疲れも影響しているだろう。そのまま深い眠りに就いた……。
“ はい。夕方にチェックインしました。今のところ……。”
誰かの話し声で目覚めた。時計を確認すると午後10時を過ぎたところだ。随分と眠っていたらしい。
話し声の主を探そうとカプセルから顔を出すと、先程フロントにいた男がスマホを片手にこちらを見ている。
私の姿に慌てて背を向けた。
違和感を感じた私はゆっくりカプセル内から外へ出た。
“ どちらへ?”
フロントの男が尋ねる。
『ちょっと買い物へ……。』
男が懐に手を入れた瞬間を見逃さず、私は走り出した。
“ マチナサイ!”
やはりAIだ。奴らの情報網は何処まで……?
拳銃らしき物を手にしたAIが追ってくる。
私はホテルから出て繁華街の雑踏に飛び込んだ。無闇に射つ事は出来ないだろう。
それにしても早い。もしかしたら既に追っ手は北海道に上陸しているかもしれない。
やはり私が近くにいないと、もう一人の私は機能しないのか?
もうあのホテルにも戻れない。何処で夜を明かそうか。
滲んだ月が私の行く末を暗示している様な気がした。

13.
初夏とはいえ、夜中の屋外はまだ肌寒い。
大通公園のベンチで寝転んでいても眠れる気がしない。
……とんでもない事に巻き込まれたな。
ここ数ヶ月の間に信じられない出来事が次々と起こった。
それまで平凡に生きてきた自分には考えもしなかった事が次々と……。
もう普通の生活に戻りたい。ただそれだけだった。
……それは静かに現れた。本当に静かに……。
〖君はどうして分かってくれない?〗
もう一人の私が語り掛ける。連れはいないようだ。
〖私にも生きる権利はあるだろう?AIの私にも。〗
『私の意思が無くては生きられないんだな?』
AIは答えない。
『もう終わりにしよう。どれだけの人達を犠牲にした?』
〖もう少しだ。もう少しで君は必要なくなる。もう少しだけ協力して貰う。〗
この前の研究所で話した時より明らかに余裕がない。
『断る。』
〖では手荒な手段になるよ。〗
AIが突進してくる。寸での所で交わし芝生の上を転がる。座っていたベンチが一部粉々になった。
まともにやり合っても勝ち目はない。
私は走り出した。直ぐにAIも追ってくる。
物凄いスピードだ。目の前の電柱を目指す。
私に体当たりする瞬間、横に体を入れ替えた。行き場を失ったAIは電柱に激突する。
そのままその場に倒れ込んだ。
バチバチと火花が散る中、AIの頭部から煙が上がる。
やったか!が、しかし奴はむっくりとその場に立ち上がった。
顔半分が焼け爛れ、もう私とも似つかわない。
〖モウ、コロス!〗
再び私に襲い掛かる。私は噴水に向かって逃げた。しかし追い付かれ噴水の淵でAIは私に馬乗りになる。
そして私の首に手を掛け渾身の力で締め上げる。もう終わりか。最後に一か八か。
『まっ、待ってくれ!もう一度だけチャンスを……。』
一瞬、奴の力が緩んだ。その瞬間素早く体を入れ替える。
AIは自分の体重を支え切れず、噴水に飛び込んだ。先程破損した部分に水が進入し、激しい感電が起こる。
ガガガガッ!暫く振動したAIはやがて完全に動きを止めた。

終章
△△研究所とAIによる長きに渡る野望が漸く終わりを迎えた。
伊丹博士が目指した不老不死の研究はAIの自我を芽生えさせ、結果その研究対象に命を奪われるという最悪の事態を招き、取って変わったAIの暴走は人間に変わりこの世を支配しようというものだった。
しかしそれも一人の人間によって志半ばで終焉となった。
人の欲とは際限がない。そしてそれを満たそうと作り出したAIも、人間の欲により生まれたものだ。
やはりタブーを犯してはいけないのだ。

そして私は今……。
「貴方!気をつけてね。」
『行ってきます!』
再び日常を取り戻した。
《先輩!おはようございます!》
『おはよう。木村。』
《北海道どうでした?》
『やっぱり良かったぞ!食べ物が旨い……。』

木村がどうして生きているかって?
ああ。そうでしたね。
その説明を忘れてました。ちょっと待って下さい。社長と打ち合わせが。
『社長。明日の役員会でのプレゼン資料です。』
【おお。有難う。楽しみだな。宜しく頼むよ。】
『お任せください。』
あれ?お前本当はAIか、って?
違いますよ。私は藤本です。この後、研究所に行かないと。付いてきます?

どうぞ!お入り下さい。
△△研究所へようこそ!
木村もね、此処で直したんですよ。
あれから私も考え直しまして、不老不死やAIの研究はやっぱり続けるべきだって。

申し遅れました。私、△△研究所 所長
藤本と申します。


こちらの続編です!
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