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#15 ひとそれぞれ

 霊峰富士の山頂を目指す人々の思いと、登山の方法は様々だ。富士宮口・御殿場口・須走口・吉田口と4つある登山道の選択から始まる。五合目から、しっかりとした服装・装具で山小屋を利用して登山をする人。山小屋を利用することなく、ご来光を山頂で臨むために徹夜の登山をする人。駆け足スタイルで五合目から山頂往復を5時間ほどで一気に駆け抜ける人。海抜0mの富士市田子の浦港から二泊三日かけて目指す人。中にはTシャツ・短パン・スリッパで挑戦使用とする人など、まさに「十人十想」だ。
 
 開山間もない7月中旬の午後、しっかりした服装・装具の彼がやってきた。すでに汗びっしょりだ。
「これからですか?」と聞くと、「いや、今日はここまで」と。「??」怪訝な顔をすると、「今日は箱根から御殿場経由で五合目までなんです」という。
「はあ?」理解しきれない私に
「自宅は東京の目黒です。江戸庶民の富士登山の大変さを身をもって味わおうと思って、目黒から大森、大森から戸塚、戸塚から平塚、平塚から小田原、小田原から箱根、箱根から御殿場口五合目、と仕事の休みを利用して、ここまで来ました。山頂へは来週予定しています」と説明してくれた。

「すごいですねえ。江戸庶民の富士登山を体験されているんですね」
「はい、そうです。江戸庶民の富士登山にかけた気持ちを理解しようとやってます」
「なるほど、感服しました。素晴らしいですね。来週は山頂への挑戦ですね」
「はい、良い天気だといいのですが」
「あなたの熱い気持ちは神様に通じますよ。祈ってます」と激励した。

 歩く距離は、箱根登山駅伝往路+箱根~御殿場+富士登山=140Kmだ。この夏の異常な暑さの中、装具を背負って毎週20Kmを歩くのは強い意志が必要だ。きっと江戸庶民の気持ちを理解できるに違いない。脱帽だ。 
「富士山登頂を成功させた後の帰り(復路)はどのような計画ですか?」と聞いた。
「バスと電車で帰ります。復路はありません。では、また」と彼はバス停に向かった。
 
富士登山には、それぞれの熱い思いが込められている。「十人十想・百人百想」である。
そして、富士下山後は「早く家に帰りたい」というのが共通の想いのようだ。江戸庶民への想いはなかった。

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