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#71 トイレットペーパー
2023年富士山夏山開山二日目の7月11日、早朝3時20分に鳥居前に到着した。
小雨模様と風がやや強いため、環境保全金受付はコンテナ内で行うことにした。こんなコンディションでも登山者はやって来る。今年から新たに設置された小型のコンテナで受付業務を開始する。このコンテナは、ドア面を除き三方がガラス張りになっていて周囲が良く見渡せ、キャッシュレスの電子機器などの備品が雨に濡れることなく受付業務ができる優れモノである。ただ残念なのは設置されている向きだ。勤務員の出入りを考慮して、ドア面を道路方向に向けているため鳥居方向が見えないのだ。コンテナは五合目特有の強風でも吹き飛ばされないように、底板十ミリほどの鉄板二枚に堅固に固定されている。今日の相棒中畑さんと「二人の力で動かすのは到底無理だね。来年は、向きを考えてもらいたいね」「そうだね。これは向きを変えるだけだからムキになっても譲れないね」等と冗談を言っているうちに雨が止んだ。風も微風だ。二人で手際よくテントの受付を設置して、保全金受付業務を続けた。
午前九時頃、背中にリュックサック、手にレジ袋を持った高齢の男性がやってきた。
「ここは金を払うところかね」 「はい、富士山の環境を守るために登山者・観光客の皆さんにご協力をお願いしております」 「そうかね。いまから登ろうと思うのだが、持ち合わせがない。山小屋にも泊まれない。金がないから」 「保全金は、強制ではありません。皆さんの善意に支えられています。いまなければ、次の機会でもけっこうですよ」と中畑さんが優しく説明した。するとその男性はレジ袋の中から、ビニールの包みの包装を破って中身を取り出した。出てきたのはのは、トイレットペーパーだ。「お金がないからこれでどうだ。一つじゃ悪いからもう一つ、イヤもう一個足して三つでどうだ」 どうだと言われても返答に困っていると、「じゃあ、今日は止めとくわ」とそそくさと駐車場方向に消えた。
「いまの人、なんだったんですかねえ。トイレットペーパー三個で」と中畑さん。「トイレットペーパーだけに、きっと神(紙)のお使いかもね」ということで落ち着いた。件のトイレットペーパー、使われることなく資材コンテナの片隅に三個並んで鎮座している。