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#20 一升瓶

 3人グループの後ろに彼は並んでいた。身長は180cmくらいか。しっかりとした体型だ。健康チェック・検温が終わると、背負っていたリュックサックを丁寧に下し、中から財布を取り出し保全協力金を募金箱に入れてくれた。その時、彼のリュックサックが他の登山者と違うことに気がついた。リュックサックの横に、一升瓶が括られている。「登頂祝いの酒ですか?」
 
「いいや。友達がいるんです。山小屋でバイトをしているんです」 「お友達への差入れですか?」「はい、この夏はずっと山小屋生活らしいので!」 「紙パックのほうが軽くて・・」「一升瓶がいいんです。僕の こころ が入っているんです」
 
 40年以上前、仕事の都合で7月から12月末まで九州で生活したことがあった。半年の仕事を終えて地元へ帰る土産に焼酎を買うことにした。いまなら、宅急便で苦労知らずのラクラクだが、昭和40年代には「日本通運」しかなかった。九州から送ると10日間ほどかかるという。年末の帰郷挨拶に間に合わない。若くて体力に自信があったので地元では知られていない焼酎を10本買った。すべて瓶詰だ。750mlとはいえ、10本はさすがに重い。12月28日夕刻、長崎から寝台特急さくら(1999年11月末廃止)に乗り、29日朝、地元駅に到着しそのまま職場へ向かった。この頃、仕事納めは午前中に挨拶回りをして、午後から年末休暇に入るのが通例だった。間に合った。
 職場に到着して梱包を解くと、その中の一本を手に階上の先輩に挨拶に行った。帰郷報告とともに土産を差し出すと、「九州からここまで重かったろう。俺のために、重い物を割れないように持ってきてくれたおまえのこころがうれしい」と先輩は言った。
 
 彼はリュックサックを背負うと、「じゃぁ いってきます」と鳥居をくぐって登って行った。御殿場登山道新五合目から七合目の山小屋まで長い登りが続く。雨風を凌ぐ、木々も岩陰もない。
山小屋の友を目指して、一歩一歩を踏みしめて登る彼の こころ は・・・・。
 
「割るなよ~」
 
 

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