ナナとミライの占い探検記 vol.8 - 周易編
第一章:冬の三学期と新たな興味
ナナとミライは、先日までインド占星術を学ぶためにインドを訪れていた。そこでは「輪廻転生」や「ラーフ&ケートゥ(ドラゴンヘッド&ドラゴンテイル)」という概念に触れ、大きな衝撃を受けたばかりである。
そんな冬休みが明け、三学期を迎えたある日、ナナは久々にいとこのミライにLINEを送る。
ナナは「中国の陰陽思想をもとにした占いは気になるけど、インドの輪廻転生とはちょっと視点が違うらしい…。周易(しゅうえき)とか言うけど、ちゃんと勉強したことなくて」と返信する。するとミライからすぐに興奮気味の返事が来た。
そんな話を聞きつけたナナは、即座に「行く!」と即答。東洋における“陰陽”や“周易”への関心が一気に高まっていたのだ。早速ミライと連絡を取り合い、ある土曜日の午後に、大学の教授室にお邪魔することが決まった。
第二章:王先生の研究室でのおさらい講座
ミライの大学は都心から少し離れたエリアにあり、レンガ造りの旧校舎と近代的なガラス張りの建物が混在している。ふたりが向かったのは、レトロな旧校舎の2階。廊下を抜けた先に「王研究室」と書かれたプレートが見えた。
「ここだよ、ナナ」
ドアをノックすると、中から「どうぞー」という柔和な声が返ってくる。扉を開けた瞬間、少し小太りで笑顔の優しそうな男性が迎えてくれた。年齢は50歳くらいだろうか、顔立ちにどこか中国系の雰囲気がある。
「ようこそ、ミライさん。ということは君がナナさんですね? 私は王(ワン)と申します。中国から来て、こちらの大学で中国語と文化を教えています。易経について少し興味を持ってくださるということで、今日は特別にミニ講座を開いてみましょう」
ナナは初対面の緊張を抱えつつ、「よろしくお願いします!」と挨拶。
室内にはもう一人、真面目そうな大学生男性が座っている。メガネをかけ、ノートパソコンを開き、何やらメモを取っている。彼が後輩のショウだという。ミライがこっそり耳打ちする。「ショウくん、王先生の授業を履修してて、中国哲学や東洋思想に興味津々なんだって。私が易経を学ぶと聞いて、ぜひ参加させてほしいって言われたの」
「えっと…はじめまして、ショウです。ミライ先輩からインド占星術の話も聞いて、すごく面白そうだなって。あ、ナナさんですよね? 高校生で占いに詳しいなんて…尊敬します」
彼は少し照れながら頭を下げる。ナナも「こちらこそよろしくです…」とモジモジしながら応じる。初対面の人に“尊敬します”なんて言われ、嬉しいやら恥ずかしいやら、なんとも言えない気分だ。
王先生は机の上に分厚い中国語の古典書を置き、優しい笑みを浮かべながら話し始めた。
「今日はナナさんが初心者ということで、易経の基本からおさらいしましょう。易経を使った占いを周易(しゅうえき)とも呼びますが、この易経は儒教の経典にもなっており、陰陽思想をベースに“占術”としての側面を持ち合わせています。ミライさんとナナさんはインドから帰ってきたばかりで、輪廻転生の話を聞いてきたとか?では、同じ東洋としての“易の循環”を見ていくと面白いと思いますよ」
そう言って、王先生はホワイトボードに“易経の構造”をさっと書き出す。
太極と陰陽の原理:
太極から陰(⚋)と陽(⚊)が生まれ、万物は絶えず変化する
陰陽の相互作用が全ての基礎
八卦(はっか):
陰爻(⚋)と陽爻(⚊)を三本組み合わせて作られる八つの基本図形
乾(☰)、坤(☷)、震(☳)、巽(☴)、坎(☵)、離(☲)、艮(☶)、兌(☱)
六十四卦(ろくじゅうしか):
八卦を上下に重ね合わせることで64通りの卦が生まれる
卦ごとに「卦辞」と「爻辞」が存在し、占いの際の指針となる
「易経はね、占術の書であると同時に、儒教の経典でもあるんです。孔子が注釈した“十翼”などが加わり、哲学書としての性格も強まった。だから歴史的には“占い本”としてだけでなく、“宇宙や人間社会の道理を解説する”役割も果たしてきました」
ここまで聞いてナナは、大きくうなずく。「なるほど、西洋占星術だと“神話”がバックボーンにあったりするけど、東洋では“陰陽五行”や“易経”がその哲学的土台になるわけか。九星気学を勉強したときも、陰陽や五行が基本だって言ってたし、なるほど繋がってくるんですね…!」
ミライも「インドでは輪廻転生を前提にしてカルマや魂の進化を見る占星術だったけど、中国の易経は“陰陽の変化”を中心に据えてるイメージかな」と、これまでの知識と対比させて理解を深めている様子だ。
第三章:八卦(はっか)のシンボルと五行との対応
王先生がホワイトボードに、八卦それぞれの記号(☰☷☳☴☵☲☶☱)を描く。ナナは「おお、カッコいい!」と素直に反応する。八卦にはそれぞれ自然界の現象や性質が紐づけられている。
乾(けん)☰
象徴:天
性質:剛健、積極的、創造的エネルギー
人物で例えると「父」的な存在、社長などリーダーシップを意味することも
坤(こん)☷
象徴:地
性質:柔和、受容性、包容力
人物で例えると「母」的な存在、育成・栄養を与えるもの
震(しん)☳
象徴:雷
性質:動き・衝撃・はじまりのエネルギー
身体部位:足(動き出す部分)
人生においては“活動のスタート”を暗示
巽(そん)☴
象徴:風
性質:柔軟、広がり、移動
身体部位:股・大腿部という説も
迷い・整うなど、穏やかながら影響が広範に及ぶ
坎(かん)☵
象徴:水
性質:流動性、深み、危険性も含む
身体部位:耳(聴く)
陰陽で見ると中央に陽爻を挟む構造
離(り)☲
象徴:火
性質:明るさ、輝き、情熱
身体部位:目(視覚)
燃えるエネルギー、上昇志向
艮(ごん)☶
象徴:山
性質:停止、安定、守る
身体部位:手や背中
「止まる」ことによって状況を安定させる意味
兌(だ)☱
象徴:沢(さわ)
性質:喜び、楽しみ、社交性
身体部位:口(話す、楽しむ)
明るく社交的、喜悦の象徴
ナナは口を開き、「わあ、なんだか九星気学で習った五行と少し結びつくかも。木=震/巽、火=離、土=坤/艮、金=乾/兌、水=坎って感じですか?」と確かめる。
「そうですね。もともと中国思想の歴史を遡ると、五行(木・火・土・金・水)の概念と八卦との対応がいろいろ議論されてきました。震と巽が“木”、離が“火”、坤と艮が“土”、乾と兌が“金”、坎が“水”。九星気学は比較的新しい体系ですが、元はこうした古代中国の易経・陰陽五行の思想にルーツがあるわけです」と王先生。
ここでナナは、九星気学編での学びを思い出す。「あ、そうそう、五行には相生と相剋があるんですよね。木→火→土→金→水→木、ってお互いを生み育てる循環と、相手を抑制する相剋関係があって…。震・巽(木)のエネルギーは離(火)を生み、離(火)が燃えた灰が坤・艮(土)を生む…みたいな感じでした」
ミライも楽しそうに加わる。「インド占星術の“五大元素(地・水・火・風・空)”とも似てるけど、こっちは“空や風”がない代わりに“木・金”があるんだよね。しかも、易経の世界ではそれが八卦と結合して自然現象を表す、と。」
王先生は頷き、「まさに、そこが東洋の占いの深みでもありますよ。陰陽と五行と八卦が複雑に絡み合って世界を説明しようとする。西洋だと四元素+惑星神話、インドだと五大元素+輪廻…それぞれ独自の魅力がありますが、易経は紀元前の周の時代から伝わる非常に古い体系という点で、思想的な深さが大きいのです」と補足した。
第四章:六十四卦と卦辞・爻辞のしくみ
ここで王先生が「では、そろそろ六十四卦の例を見てみましょうか」と微笑む。
「周易は八卦を上下に重ねて64種類の卦を作り出します。たとえば“震(雷)”が下、巽(風)が上に来たら何卦になると思いますか? ショウくん?」と指名され、ショウがノートをパラパラめくりながら答える。
「ええと、雷の震が下、風の巽が上……第42番目の卦『益(えき)』ですね。風雷益(ふうらいえき)。」
王先生は「正解!」と笑顔で拍手を送る。そしてホワイトボードに「風雷益」と大きく書いた。
「それでは、この『益卦(えきか)』がどういう意味を持つのか、易経の解説を簡単に見ていきましょう。実際に占うときは“卦辞”と“爻辞”を読み込んで判断します。」
卦辞の役割
王先生が『易経』の分厚いテキストを開き、「益卦」のページを示す。
「卦辞とは、その卦全体の総論的なメッセージです。六十四卦それぞれに卦辞があり、古くは“周文王”が加えたとされる文章が代表的です。たとえば“益卦”の卦辞は、“利有攸往(ゆくところあるによろし)”というように記され、物事が盛んに発展し相互に力を補い合う様子が示唆されるんです。」
ナナはその文言をメモりつつ、「具体的には、どういう状況を表すんですか?」と聞く。
「“益”という言葉は“増す、補う、利益になる”という意味を持ちますね。風と雷が互いに力を増し合うイメージがある。雷鳴が大きいと風を伴ってさらに強力になるし、風が吹くと雷鳴が広範囲に響く。同じように、周囲との相乗効果を得て物事が向上する、という卦辞だと理解できます」
爻辞(こうじ)の特徴
続いて王先生は「周易では、六つの爻(線)それぞれに“爻辞”という解釈がついています」と説明する。
「たとえば益卦でも、一番下の爻(初爻)から最上段の上爻まで六段階あり、それぞれが状況の進展を象徴するんですよ。初爻はまだ始まったばかり、中爻は物事の発展段階、上爻は最終形態…といった具合に。その段階ごとにどう行動するかのアドバイスが書かれているわけです」
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