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大家という稼業(大家の青春)

 秋の日が暮れ始めていた。練馬で西武豊島線に乗り換え、豊島園駅で降りて歩くこと10分。仕事が終わった後だったけれど足取りは軽く、じきにお目当てのアパートにたどり着いた。外壁についている管理看板を発見して軽くガッツポーズを取って、電話番号をメモする。

※ワンポイントどエンド
 アパートを売るとき、売主はお世話になってる管理会社に売却を頼み、管理会社が"元付(もとづけ)"となることが多い。その元付がREINSに登録した情報をコピペして、楽待に掲載したり、メルマガを送ったりして買主を探すのが"客付"(きゃくづけ)だ。
 当然、客付業者を経由して交渉するより、売主につながってる元付業者と交渉した方が情報もいちばん握っているし、なにより仲介手数料が売主と買主から両手でもらえるため、元付業者は客付経由の他の買主を蹴ってまで優先的に価格交渉を頑張ってくれたりするので何かと取引が有利となる。
 この時、REINSが見れないどエンド君は、ネットに出ている住所枝番の隠された物件写真からアパートを見つけ出し、現地で元付業者と思しき管理会社の連絡先を見つけて嬉しくなった故のガッツポーズなのだ。

民明書房刊『あるどエンドの一生』より

 築25年。アパートの敷地に入るといまも稼働しているのか、古びたコンドームの自販機が設置されていた。入居者しか買わないだろうこんな自販機でどれだけ売り上げが上がるのだろう。正直、素人なので現地調査といっても何をしていいかよくわからなかったけれど、とりあえずアパートとブロック塀の隙間に入って敷地を一周してみたところ、よくわからない雑草の種がコートにびっしりついた。
 「近隣のアパートの入居率をチェック」と、不動産投資の教科書に書いてあったので、それを間に受けて近隣のアパートのポストにテープが貼られてないか何棟か見て回ったりしているうち、すっかり日も暮れた。
 仕事をしながらこんなことを週に何回もしていたけれど、ぜんぜん苦にならず、見る物件、見る物件、楽しかった。大家としての青春時代だった。

 物件を探し続けて、ついにはじめての決済を終えたあとは世界がちょっとキラキラしてみえた。あの瞬間は脳内に何かが出ていたのだと思う。
 決済から一週間くらいして自分の名前が甲区に刻まれた謄本と識別情報が司法書士さんから届くとじんわりとした充足感が胸に広がる。なんども謄本の自分の名前を眺めてしまう。そして通帳記入をすると、いままで月1回の入金しかなかった通帳にパラパラと入ってくるお家賃!ああ、この口にするのも甘美な法定果実。
 不動産を買うとお家賃がもらえる。あたりまえのことなんだけど、はじめて家賃が入金されたときの感動は、これは後天的に大家になった人にしかわからないだろう。みんな一度、アパートを買って感動してみて欲しい。

※ワンポイントどエンド
 誰しも一度、お家賃を手にすると例外なく人が変わったように次の物件を欲しがるようになる。不動産投資をはじめる前は「本業があるから家賃収入は年間500万円もあれば充分」などと可愛いことを言っていた人が、アパートを買ったが最後。次のアパートを買うことしか考えられなくなり、まだ貸してくれるとこはないか?と、血走った目で金融機関を探し歩くのを、いままで何度見てきたことだろうか。
 だから最初に不動産投資をするときは、間違いなく自分が欲しい欲しい病に罹患することを前提に、仮にローンをあまり使わないとしても後日共同担保に使えるような、築古だけど土地がしっかりついている一棟物件などを買うのがよいとぼくは思う。

民明書房刊『あるどエンドの一生』より

 いま思えば何かと無駄な動きをたくさんしていた。売主の方が多い時代だったので、仲介さんの追客もけっこう強くてそれに気圧されて、うまいタイミングで紹介物件を断れずに、やたら質問リストを投げたり、乗り気でないまま内見をしたりして、話をひっぱってから断るなど、判断がとにかく遅かった。いまなら30秒でごめんなさいできる。
 どこかに夢みたいな不動産投資術があるんじゃないかとメルマガ登録してPDFをダウンロードしたり、空室対策の魔法が知れると思って情報商材DVDを買ったりもした。いまなら断言できる、そんなものはない。
 大家として何かしたいというやる気があふれすぎて、買った物件の全戸にいきなり返信用封筒をつけた入居者アンケートを送りつけたりもした。「1階のラーメン屋の豚骨を茹でる匂いが朝からきついです。」という入居者の声が集まったけれど何も出来なかった。あの頃の自分に伝えたい、満室なら余計なことは何もするな。

 もし物件が漏水でもしようものなら、ずっと憂鬱で気が気でなく…休日でもどこか上の空だった。いまでは管理業者さんに丸投げして一瞬で忘れるので、「漏水が直りました!」という電話を受けて、漏水していたことを思いだすようになれた。
 いつしか大家の青春時代が終わって、大家がただの生業となったということなのだろう。けっして加齢で記憶力が衰えてきたとかではなく。

 いまだって、お金の匂いがする概要書をみたとき、リノベが終わったあとの現場に入れる日、ローン承認の電話を受けるとき、ワクワクする瞬間はあるけれど…。あの決済したあとのキラキラ輝く世界はもう見れないし、自由に近付いた気がした初家賃の感動、そして漏水で胸がキューッとなることはないのだ。残念ながら。
 SNSなんかで、いまが大家の青春時代なんだろうな、という人をみかけると、その頃を思い出して、いいね!ボタンを押して心の中でエールを送っている。一方で、生まれた時から家賃が入ることが当たり前すぎて、あとに店子への不満だけが残ってる地主をみると、あれが大家の行く末なんだな…と思って、もの悲しい気持ちで眺めている。

どエンド君の大家デビュー物件の思い出がなぜかこちらにまとまってます。
はじめて買った収益不動産、覚えてますか?

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