パンティがないなら、俺のパンツを履けばいいじゃない
「あんたのパンツ臭うから、別で洗うわな」
いつの頃からかは忘れたが、ある時期から私のパンツは別で洗うことになった。夫曰く、どうも私のパンツは臭うらしい。
私は今、45才。人生長く生きていると、他人に厳しく、自分に甘い人に会うことも増えた。そんな人に限って、自分の甘さを自覚していないケースが多いので、実に厄介である。残念ながら、私はまさにその「残念なタイプ」だった。
本当は、若干「臭う」ことも薄々気づいていた。けれど、見て見ない……いや、嗅いだけれども。その臭さを認めたくなかった。そもそも私のパンツが、臭い訳がないじゃないか。私は自らの股間から発生する臭いを誤魔化すために、蓋をしたのである。
私のパンツが臭うなら、夫のパンツはいかがなモノか。臭ったら、言い返してやろうと思った。夫のパンツを、そっと鼻に近づけティスティングする。驚くべきことに、無臭。凄い。全然臭わない。
夫は職業柄、体をいつも入念に洗っている。清潔感。それは人の目に触れることで培われるのかもしれない。
もしかすると私にも、かつては清潔感というものがあったのかも。フリーランスになってから家に出る機会も減り、体を洗わなくなった。
もちろん、フリーランスだから臭い訳じゃない。私が怠慢だから臭いのである。
風呂には毎日入るし、シャワーも浴びる。けれど、45歳になった私の体臭はそんなモノでは消えないのかもしれない。加齢を認め、きちんとケアをする。それが大人のマナーなのかも。
◇
夫が、私のパンツを一緒に洗ってくれない。
母にその話を伝えると、「母さんのおりものシートをあげるから、パンツにあてるといいわよ」といって、そっとおりものシートを渡してくれた。
おりものシートとは、おりもの専用シートのこと。おりもの対策の他にも、生理後や下着の汚れ対策としてパンツの股部に使用されることも多い。母はどうやら、エチケットとしておりものシートを愛用しているらしい。
股間の品格を守るために、母も工夫していたのだ。パンツの臭い対策は大人のエチケットでもあり、気になるならば自分なりの対策が必要なのだと。
やがて実家に戻るたびに、母からおりものシートを貰うようになった。お陰様で我が家には、大量のおりものシートがある。
けれど母の気遣いも虚しく、私はおりものシートを使うことをまだ躊躇している。つけたら最後。自分の股が臭いことを、認めることになる気がしていて怖いのだ。
◇
ある日、事件は起きた。パンツを履こうとしたら、箪笥の中にあるパンツの在庫が切れたのである。
どうやら、洗濯のたびに私のパンツを避けていたが、溜め込み過ぎてしまったらしい。
パンツがないとオロオロしていたら「パンツがないなら、俺のパンツを履けばいいじゃない」と、夫が軽い口調で言い放つ。サラッという夫が、どこかマリーアントワネットのようにも見える。えっ、パンツを借りてもいいの?夫からの言葉に、私は一瞬たじろく。
その気持ちは嬉しいけれども。私の股間の臭いが、夫のパンツに染み付いてしまわないだろうか。ふっと、不安が脳裏をよぎる。そんな不安を他所に、夫はそっと私の前に鮮やかなショッキングピンクのボクサーパンツをサッと目の前に差し出す。
「お気に入りのパンツはダメだけど、このパンツはヨレヨレでもう使わないから。なんなら、そのままあげるわ」
ピンクのパンツは、既にウエストのゴムもだらーんとしていて、ヨレヨレだった。すっかり伸びたパンツを、いざ履いてみる。すでにだらんと伸び切っていたのもあってか、股部がスースーする。これなら、私の臭いがパンツにつくこともなさそう。
好きな人のパンツを履く。人生において、そんな大志を抱いたことは一度もなかった。男性向けの漫画で、女子のパンツを頭からかぶっているシーンを見かけることもあったが、なぜそれがしたいのか。あの頃はさっぱり理解できなかったし、今でも意味がわからない。頭にパンツを履いたら、髪が臭くなるじゃないか。興奮のポイントもいまいちわからない。
そもそも異性のパンツを手にする機会なんて、洗濯の際しかないと思っていた。まさか、そんな私に夫のパンツを履く機会が訪れるとは。そういえば、昔の私ときたら、好きな人の顔をまっすぐ見ることもできなかったはず。顔すらろくに見れなかった私が、異性のパンツを履く。それも、案外平気で。
結婚してから、少しずつ羞恥心というものも薄れていった気がする。今の私は、夫のパンツを履いても「自分のパンツが無いから、仕方ないよね」で済ませようとしている。女性として、これはまずい傾向にあるのではないだろうか。
この日は一日中、夫のパンツを履いた。その股で、保育園の送迎も涼しい顔で行う。先生たちにと爽やかな挨拶を交わし、颯爽と保育園を後にする。
けれど、私のパンツはいつもと違う。なんとピンクのボクサーパンツで、それは夫のものなのだ。
ダルダルのパンツは、ちっとも体にフィットせず。まるで、時々会話の噛み合わない夫と一緒にいるみたい。娘を保育園に送った後は、ちょっぴり寂しかったけれども。その日の帰り道は、まるで夫がそばにいるようで、いつもより少し心強かった。
【完】
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