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「女に、家を燃やされた」と語る男のはなし
「昔、俺元カノに家を燃やされたことがあってさぁ」
彼は、いつも会う度に嘘をもっともらしく話す。もしかしたら、あの話も嘘かもしれない。
風の噂によれば、彼は離婚歴のみならず、「実は結婚している説」もあった。けれど、彼から真実を聞いた試しは一度もない。彼は、会う度にいつも適当な話をしてくる。真面目な話をしようとすると、いつも目と話を逸らす。ずっと、その繰り返し。
どこまでが本当で、嘘なのだろう。いつも彼と話をするたびに、不思議な気持ちになった。私はそんな彼のことを、心の中で「現代版高田純次」とこっそり呼んでいた。
◇
彼とは、数十年前の合コンで出会った。ぽっちゃりした体つきに、丸っこい顔立ち。周囲の噂話からすると、彼はモテモテで女性が途切れないらしい。イケメンというよりも、癒し系の可愛らしい子だった記憶がある。
彼は大人しくて聞き上手なので、話好きの女性から慕われている印象もあった。
彼のことは別に好きだった訳でも、付き合っていた訳でもなく。そもそも遊んでいた理由は、あの頃ちょうどお互いに暇だったから。
その時すでに私は30代半ば。今思い直せば、もっと真剣に婚活するべきだった。
「結婚する気も、彼女作る気もない」と語る彼と、なぜ頻繁に遊んでしまったのか。きっと、居心地がそれなりに良かったんだろうなぁ。
そんな彼が、ある日急に神妙な顔つきで「実は元カノに、家を燃やされたことがある」とカミングアウトしてきた。元カノに恨まれた理由について詳細は明かさなかったが、どうやら上手く別れられなかったらしい。
しかし、そんな事件があればニュースのひとつやふたつ、地元で報道されるのではないか。地元で「ストーカーに家を燃やされた事件」なんてニュースがあれば、絶対に耳にしているはず。
そんな話、この辺りで一度も聞いたことないんだけど……?
疑いの目を彼に向ける私を他所に、彼はさらに話を続けた。
「俺、あの時。死にたいと思ってた。だから、死にたいってめっちゃ言ってたの」
いつも能天気そうにケラケラと笑う彼にも、そんな日々があったなんて。その話をする彼は、いつもの柔和な表情ではなく、鋭い眼差し。いつもと違う様子に、彼の二面生を感じて少しゾッとする。その後も、彼は淡々とした口調で話を続けた。
「けれど、いざ燃え盛る炎を目の当たりにすると、どうなると思う?」
「いや……そんな目に遭ったことないからわからないけど」
「だよねー!それがさ、『死にたくねぇぇえ!こんな所で、死んでたまるか!!』って思うのよ!
『死にたい』って、本当の意味で死を直面していないから言えるんだと思う。俺はあの時、炎に囲まれて思ったんだ!!俺は死にたくない!絶対に生きるんだって!!」
そんな話を、ゲラゲラ笑いながら話す彼。この話は、いったいどこまで本当なのだろうか。けれど世の中には、表沙汰になっていない事件もあるというし。
もしかしたら、彼の話は本当なのかもしれない。でも、もし本当なら炎に囲まれた状態で、どうやって逃げたの??
その話をした彼の目は、いつにも増してギラギラしていた。彼はいつも会うたびに本当っぽい嘘を、それっぽく話す。決してイケメンではなかったけれども、そんな彼の周りには、いつも女が途切れなかった。嘘を楽しく語る男は、女から見ると魅力的なのかもしれない。惚れたら火傷するけどね。
いつの頃からか、彼とは次第に距離を置くことになった。多分、彼から連絡が来なくなったからかも。
それからしばらくしたのち、唐突に彼から「結婚しました」と、彼女と一緒に写ったプリクラがメールで送られてきた気がする。へぇ。彼女、いたんだね。
あれから火事のニュースをテレビで見る度に、ふと彼のことを思い出すようになる。
結婚(再婚)した相手とは、うまくやっているだろうか。
今度こそ、女性に恨まれて家を燃やされませんように。そして、「生きたい」と言った彼が、長生きしますように。ケラケラと笑う彼の横顔を思い出しながら、私はそっと祈る。
【完】
今回の記事は、こちらの企画に参加しています。
企画は「白」が多かったので、赤にしました。コッシーさん、初めまして。よろしくお願いします!