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クソデカ感情が力になる

最近覚えたことばに「クソデカ感情」がある。

要するに、ややメンヘラとかネガティブなニュアンスがある幅広い愛のことである。

わたしはいろんなものへの「クソデカ感情」というものが、ある意味原動力なんだろうなと思うことが少なくない。

そして、わたしは良くも悪くも非常に運が良い存在なんだろうなとも思う。

例えば、ある組織を辞めたいという気持ちに駆られたとき、かならずその決断をしたくなくなるような出来事(割とポジティブ寄りで楽しいこと)がほぼ100%あるのだ。

一度だけ、それが悪い方向に傾いて、我が身を削ることとなったが、またそれも巡り合わせなのだろう。

それはいいとして。

その楽しいことに「阻止」されて、またその組織を好きになって、辞める気が失せるのだ。ずっとこれの繰り返し。

ね?メンヘラじゃろ?

ただ、馬鹿みたいに何に対しても簡単にクソデカ感情を抱けるのではない。


そこの組織の人を心から好きになり、信頼できるか。

これが自分の中では大きな線だ。

そこを越えられなかったものは、いままで容赦無く切り捨ててきたし、その価値判断をしていないと、正直やっていけない。逆に、そこの一線を越えた人たちとは、どんなに自分が苦しくても、少しでもいいから関わっていたいと本気で思うし、そういう人たちを自分は大事にしたい。

そして、ありがたいことに、線を越えた人たちが、自分が苦境に立たされた時に、先述した「出来事(割とポジティブ寄りで楽しいこと)」を巻き起こして、その組織へのクソデカ感情を維持させてくれたり、物理的に自分を助けてくれたり。
彼らのうち、誰か一人でも欠けたら、今の私はいない。そして、学業も頑張りながら、学生団体や大学の業務、インターン兼任、合唱などなど、かなりのハードスケジュールをこなすことができたと思っている。

自分が大事にしたいと思う組織は複数あるし、そこに対してクソデカ感情を持ちながら、これからも関わっていきたい。

御恩と奉公の奉公がクソデカ感情ベースと言えば、やややばい奴にしか聞こえないが、まあそれもまた一興。


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みくまる/紅しょうがの感性日記
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