オトダマ!! 第二話

野球場からの帰り、演奏に夢中でお腹ペコペコだったボクは、ふらりとショッピングセンターに寄った。

センター内のフードコートを目指して歩いてる途中、どこからか生ピアノの音色が聞こえてきた。
吸い寄せられるように音のするほうに行ってみると、中央ホールにグランドピアノが置いてあり、鍵盤に向かっている若い女性の演奏がちょうど終わったところだった。その様子をぼんやりと見ていると、拍手する数十人の観客の最前列で、泣きながら何か言ってる女の子が見えた。

「ちがうよ!それじゃない!それじゃないよ!」5、6歳に見える女の子は演奏者の女性に向かって怒っている。
「そ、そっかぁ。一応、お母さんから聞いた曲を弾いたんだけどな。」困った顔の女性が答えた。
「ちがうもん!ちがうもん!」
「花音(かのん)、いい加減にしないさい。せっかく弾いてくれたお姉さんに悪いでしょ。」
「だって、だって・・・ちがうんだもん・・・」女の子はべそをかきながら俯いて言った。
「あ、あの私、もうそろそろ・・・」演奏していた女性が申し訳なさそうにピアノ椅子から立ち上がった。
「本当に申し訳ありませんでした。私がリクエストさせてもらったのに・・・」母親は何度も頭を下げた。
「あ、いえいえ、そんな・・・」女性はそのまま立ち去って行った。
ピアノの近くまで行ってみると、”ご自由にお弾き下さい”と書かれたプレートが見えた。これはいわゆる”街角ピアノ”ってやつらしい。
「花音、もう帰るわよ。ほら、行こっ。」
「いやだ!ピアノきく!ピアノきくの!」
「もう何人も弾いてもらったでしょう。いい加減にしなさい。」
「でも、でも、ピアノ、ききたい・・・」女の子は座り込んでしまった。
「あ、あの・・・どうかされましたか?」ボクはたまらず声をかけた。
「あ、いえ、この子ここでピアノを弾かれる方々に自分が聴きたい曲をリクエストしては、違う、違うって騒いで・・・」
「えっと・・・なんの曲ですか?」
「ノクターン2番なんです。ショパンの。ピアノを弾かれる方なら誰もが知っていらしゃるので、皆さん弾いて下さるのですが・・・」母親は続ける。
「ただ、この子が言ってるのノクターンは、先月他界した夫が、趣味で弾いていたノクターンで・・・」母親は目を潤ませて言った。
ボクはピアノも習わなかったし、クラッシックも聴かないから、当然ノクターンも知らない。ましてこの子の場合は・・・。
「そうだ、あの、ご主人がその曲を弾いてる動画とかないですか?イヤホンがあればそれを付けて・・・」
「は、はい、もちろんあります。」そう言って母親は、自分のスマホにイヤホンを挿し、ご主人がピアノを弾いてる動画をボクに見せてくれた。
動画を見終わったボクは、おそるおそるピアノ椅子に腰掛けて、ふーっとひと息ついてから、鍵盤に手をかけた。
タンタン、タタターンタン、タラララララーン・・・弾ける、さっき見て聴いた通りに弾けている・・・。
弾き進めていくと、不思議な感覚がボクを包んだ。鍵盤に触れる指が自然にソフトになる。まるで花音ちゃんの頭を優しく撫でているような・・・。
心の中に感じたことのない感覚が湧き上がる。優しい気持ち・・・いや、もっと奥深い・・・かけがえのない誰かを深く、深く愛するような・・・。
”慈しみ”。これは多分そう呼ぶのがふさわしい。なにものにも替えがたい、この世界で一番大切な、きっと自分よりも大切な誰かのために・・・。
包み込むような優しさ、愛おしさ、そして永遠に変わらない想い・・・。
あぁ、いつまでも、いつまでもこの音に包まれていたい・・・。

そんなことを感じながら、最後の一音を弾き終わると、少し間があって、知らない間に集まっていた多くの観客から一斉に拍手がおきた。
観客の中には涙を流している人もいる。ボクは花音ちゃんを見た。
泣いている・・・しかもわんわん泣いている。やっぱり”違う”よな・・・。
「パパだぁ!パパのピアノだぁ!うわーーーーん!」花音ちゃんはボクに抱きついて大泣きしながら大喜びしている。
母親も口を押さえてはいるものの、嗚咽を漏らして泣いている。
「ありがとう!ありがとうお兄ちゃん!パパの、パパのピアノを弾いてくれて!!!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」母親に何度も頭を下げられて、なんだかいたたまれなくなったボクは、
軽く会釈をしてその場から離れた。

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