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【長編小説】真夏の死角 47偽造通貨製造機関
部屋に戻ると僕は何もかも思い出したんだ。
僕は君と会っていた頃の代議士小谷三郎の父、小谷威一郎の長男だった。悠理は腹違いの妹になる。
ミッドウェイ海戦のその日は僕はまだ16歳の第三高等学校、三高、戦後の東北大学の学生だった。とはいえ、僕は学業ばかりをやっていたわけではなく、むしろ僕の毎日は、この世界での父親、小谷威一郎の手伝いだった。
小谷家は伊達政宗の分家の血筋で、多くの旧華族が東北という帝都から離れた地で没落していったのには無縁であり、むしろ没落していった華族の土地や財産を次第に吸収して東北随一の財閥勢力となっていたんだ。
明治政府が多くの政商と結びついて太平洋戦争を遂行していたのはもちろんのことだ。とにかく戦争には金がいる。小谷家も東北随一の財閥として明治政府に多額の資金を融通してきた。しかし、太平洋戦争の戦費は膨大だった。
小谷家では日清戦争で最初の大規模な資金援助を行ったのだが、当時の金で日清戦争には2億3000万円かかった。今君の住んでいる世界の時価だと約74兆円だ。この時小谷家では戦費の7%を負担している。もちろん政府相手とはいえビジネスだから、国債を引き受けているので膨大な利子が手に入っている。
そして、日露戦争ではユダヤ系財閥からも多くの金が入ったが、やはり小谷家でも、今度は21%に相当する戦費を負担している。これは、公にはなっていないが、ユダヤ系財閥をしのいでダントツで筆頭の金額だ。日露戦争当時の戦費18億3000万で日清戦争の約10倍、740兆円で日本の国家予算の7年分に相当する。負けたら日本は本当に破産していた。
しかし、今回の太平洋戦争ではなんと、国家予算の280倍だ。太平洋戦争は金の面から見ると日本の国家予算の280年を費やす大戦争だったんだよ。
これは、いかな東北帝国の異名を取る小谷家でもいかんともし難い金額だった。しかし、今回の戦争は日独伊三国軍事同盟を組んだ時点で、国際金融市場の雄である、イギリスとアメリカを敵に回すことになってしまった。このことの危険性に気がついていた人間は軍部にはただの一人もおらず、高橋是清のみがこれに気がついていたんだ。
日本は国際金融市場で日本国債、戦時国債を発行できない。ということは日本国内だけで、国家予算の280倍の債権、つまり今の貨幣価値で言うと2億8千兆円(分かるね、2億8千万ではない)、数字で書くと280,000,000,000,000,000,000円の戦費を捻出する必要があったんだ。
無理だね……。
そこで政府首脳、もちろん高橋是清を含めて、日本国史上初の暴挙、国家を挙げての犯罪計画が密談されたんだ。
それは、日本政府が陰で糸を引く国際的な偽札の発行プロジェクトだ。本物の金が手に入らないのであれば、贋金でもいいから手に入れないと、もう始めてしまった戦争は遂行できない。
これしか方法がなかったとは言え、国家規模で贋金を作るというのは有史以来、皇国日本が初めてだろう。
もっとも、そんな不名誉なことを国家が表立ってやるわけにはいかない。だから、その裏の部分を一手に引き受ける巨大組織が必要だ。
そこに白羽の矢が立ったのが、我が小谷財閥だ。
小谷財閥は太平洋戦争中に明治政府から特命で偽札づくりを依頼され、その見返りとして刷った偽札の一部をそのまま私有財産とし、その中から日本の戦時国債を購入するというウルトラCで国家予算の280倍という巨大なマネーを生み出したのだった。
この無尽蔵の黄金こそが、日本の太平洋戦争、第二次世界大戦を支え、その過程で、日本国は小谷財閥、東北帝国に完全に頭が上がらない状態になっていったんだ。
この日本国を陰で完全に牛耳っていたのは昭和初期にこの贋金によって政府を支配した小谷財閥だ。その小谷財閥の力が今君の住んでいる世界にも隅々まで及んでいる。
だから、話は政権与党の総理大臣のキングメーカーとかいうレベルの話ではない。
一度この歴史的事実、その犯罪の証拠が表に出たら、日本という国の戦後築き上げた国際的な信用は失墜し、円はそのときこそ紙くずとなるだろう。
そして、その贋金づくりの総責任者が、小谷財閥総帥である小谷威一郎の長男であり、小谷威一郎が最も信頼する人間である、小谷周平、つまり僕だったんだ。
もちろん、悠理なにもかも知っており、それどころか僕にもまして頭脳明晰な悠理は僕をサポートしてこの国際的な犯罪組織である小谷財閥の贋金製造部門を取り仕切っていた。
外国語の堪能だった悠理は、主にドイツと連携して、ドイツマルクの贋金製造にも加担していた。ヒトラー政権もまた莫大な戦費に悩まされていたのは言うまでもない。ヒトラーと小谷威一郎は面識もあり、ごく早い時期に日本政府の仲介のもと正式に、小谷財閥では偽ドイツマルクも製造していた。その窓口をしていたんだ。
ドイツではこの国際犯罪はその重大性からドイツ国家秘密警察が監督していたから、ドイツ国家秘密警察長官のハインリヒ・ヒムラー、あのホロコーストを創設した人間だね、彼と悠理は度々国際電話で話をしていた。
驚いただろうね。
この時の贋金製造がそのまま我が国の戦後世界を支配していく枠組みになっていき、それが、そっちの世界で僕たちが苦しんだ日本という国のどうしようもない在り方を決定していったんだ。
それについては、また続きを書くつもりだ。