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【新作小説】コンビニのサラダのドレッシングを指で舐める

 朝から近所の住人と喧嘩になった。

 べつにさ。ゴミの出し方なんてどうでもいい。おれもテキトーだし、そもそも、みんなこうしましょー!みたいなの俺に似合わないんだ、生まれつき。そんなことに目くじら立てるじんせーもあるんじゃないかなってYouTubeだっけな、なんかのチャンネル見ていた時そう思ったことあるけど、すぐ忘れた。

 ただ、俺がきちんと出しているのに、横のポリ袋がだらしなく破れていてなかから、昨日のコンビニのサラダの食残しまではみ出していて、これじゃーカラスがやってきて、まった、この暑い日あたりに臭い匂いをバラまくように食い散らかすのは目に見えていたから、おれはちょこっと、その破れているのをごみ集積所の灰色のコンクリートに押し付けるように隠蔽して、そう。俺の精子まみれになっている女の股がさ、いやだから。さっき、あれ。さっきかな、何分か前?いやもっと前かな、乱暴に脱がせた白いパンツをよ、イライラしながらもう何ヶ月も選択肢てない布団の隅からみつけだして、女に履かせるようにな。

 そういや、なんか見たことあるぞYouTubeで。赤ちゃんの両足をよ。つまんで上にあげて、パンツを両足になんとなく通して、一瞬いらついて、でもそのいらついた顔は自分でもかっこいいと思っていながらそのまま履かせてはいおわり。おれがみたYouTubeの女も、愛情こもった子育てみたいなタイトルだったと思うけど、いっちょ上がり、みたいなの漏れてたぜ。そんなんで、まともな子供育つわけねーよな。育つと思っているのはお前だけさ。てめーにはどんなに嘘ついても生ゴミなんだよ、その赤ん坊はよ。

 マンションとは名ばかりの、いちおーマンションと名付けておかないと人が入らないからみたいなのみえみえで、ボロアパートをマンション風にした薄いパープルの往来の人に見えるところだけなんだか煉瓦?ブロック?みたいにした玄関がある、夜になると壁の薄い部屋の隣からなんだか俺好みの声をした女の子が彼氏らしい訪問者といつものとおり喧嘩になって、出て行けとか、お前が出ていけって、wそこお前の家じゃないだろって突っ込んでいる間に、なんだか壁が揺れるようなあきらかに、殴り合い、そう!女も殴っているんだいつも、反撃している感じがよく分かる。
 
 でも、しばらーくしんとして、それからいつも、聴こえてくるの。心からこの男が好きだっていう女の、あのよがり声が。おれは、その声はウソじゃないといつも思っていた。ただ男のちんぽが好きってわけじゃないことも、多分このあんあん言わせている男の100万倍知っていたと思う。いや、まてよ、むかーしムカつくクラスの頭いいやつが中学の時言ってたっけな。ゼロに何かけてもゼロだって。だから、それじゃおれもゼロになっちゃうな。まあいいや、知っている気がしているだけで何も知らないからゼロなのか。

 次の日、おれがほんとは禁止されているんだけど、昨日食ったなんとかサラダとか、いちおーさ、缶チューハイとか発表酒だけ飲んでると翌日肉体労働のバイトできなくなるから、口に入れてるだけのおつまみみてーな、けっこうクソ高っけえもったいつけた名前の、でも口に入れると美味しいやつとかな。全部ポリ袋にいれて、ごみ集積所に捨てようとしたんだよな。

 そしたら、あのいつも虐待されて、そのたとあんあん卑猥によがっている女がそこに立っていたんだ。

「あんた、いつもあたしの声聞いているでしょ」

 殴ろうかな、と思ったけど、なぜだか俺は黙って聞いていた。女殴るのはべつに俺にとっては普通のことだけど、なんでかな、可愛い声だった。それに俺を非難しているような感じじゃなかった。そういうのだったら瞬間殴っているんだけど。

「なんのことだ、この……」

 なんか気の利いたこと言おうと思ったけど、俺はバカだから言葉が続かなかった。なんかYouTubeで言ってたセリフ言ってみたかったな。俺はいつも手遅れだ。いつもいつも。

「あんたが聞いてくれると思っていたから、いつもやってるんだよ」

 イカレ女はおれが大好きなAKBの本田……なんだっけ本田仁美にそっくりだった。

「なんで俺のこと知っているんだよ」

 女はいきなり俺の手を両腕で包んだ。

「ありがとうございました」

 俺は脳天を叩き割られた。

 そうか、無造作に放り出した俺の使い古してくしゃくしゃになったセブンイレブンの白いポリ袋。いつも、その皺を伸ばしておれが、Suicaをわざともたもた出している間に「これ、お入れしてよろしいですか」って、茶髪のくせに、なんだかお嬢様みたいな言葉で、ちゃんと俺の目を見て、そのぷくぷくしたお世辞にも美人じゃないけどかわいいとは言える顔で、顔を向けるだけじゃなくておれの目の奥をみていたなお前。

「逃げればいいじゃないか」

「あんたも知ってるだろ。逃げるってのはさ……一人ではできないんだ」

「それはお前が弱いからだろ」

「それも知ってるだろ。逃げるってことは、どこかに逃げることで消えることじゃない」

 俺は、施設を何度も脱走してその度に施設の門の前にうなだれて自分で還ってきた自分の昔を思い出した。

「てめえなぐるぞ」

「あんたにならいい。あんたに殴って欲しい」

「そのあと、ああやって、あんあんって声出すのか」

「あんたにならいい」

 俺は少しかっこつけようと思って、鼻で笑ってみた。

「どうして欲しいんだ」

「あいつ殺して欲しい」

 なんだか俺はその言葉をずっとずっと待っていたような気がした。


「そのサラダ名前知ってる?」

 女がそう言って、俺が右手に持っていたゴミにしたポリ袋を勝手に奪い取って開けた。

「何すんだお前」

「帝国ホテルソースを使った生バジルパスタサラダ」

 金髪の長髪が、揺れた。
 覗き込んだポリ袋から食い散らかした俺の「ていこくほてるなんとか」を取り出して俺に笑顔を見せるまでの間にゆるりと、スローモーションのように。それはなぜだか、優しい感じがした。

「もったいないよこれ」

 女は俺がほとんど使ってなかったバジルソースに人差し指を突っ込んで、残り物のパスタの容器を片側の手で傾けて寄せ集め、そこに顔と同じでぷくぷくした、でもきれいに手入れをされた指先でくるくるとパスタに巻き付けた。ぷくとした顔にお嬢様みたいな長髪。どんだけ手入れをしてもぷくぷくとした優雅な手先。俺は突然この女を押し倒したいと思った。

「だめ」

 女が指に巻いたパスタを俺の喉につっこんだ。なんだこの女は……。

「殺ってくれるよね。あいつまだ寝てる」

「ああ」

 俺は帝国ホテルのパスタサラダを飲み込んだ。帝国ホテルの味ってこういう感じなのかな。俺は何度もこいつから買っているこのサラダパスタの味を初めて知った。

「殺してもいいけど」

「うん」

「お前帝国ホテルってどこにあるのか知ってるのか」

「知らないよ」

「そうだよな」

「そんなもんでしょ」

「あいつ殺したらお前とやりたい」

「うん、ずっとそれ考えてた」

 俺はあいつを殺したら全部YouTube動画にしたいと思った。

「やり終わったらお前と帝国ホテルに行ってみたい」

「うん、行ってみたい」

 俺はたまらず女を抱きしめた。

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