【長編小説】真夏の死角63 無国籍通貨の帝王
「どこまで遡ればいいのでしょうか。正確にはそれは、イスラエルの十氏族が日本に流れ着いた古代日本から始めるべきでしょうが、それは私ではなく、アイデルバーグさんから、必要であればお話があると思います」
澤田景子はそういって、アイデルバーグを見た。アイデルバーグは目でうなずいた。その様子は、二人の間に男女の関係など下世話な話を遥かに超えた、何か同胞、同士とでも言うべき親密さを感じさせるものであった。
「といっても、私の方からの話としても最低限のお話をする上で、戦前の日本までは遡る必要があります」
「戦前の日本……」
田久保は東北国際グローバル大学汚職事件の資料であった、現衆議院議員小谷三郎の父親と祖父が第二次世界大戦末期の日本の軍事資金を手当していたという事実を思い出していた。
「田久保さん、不思議だと思いませんか」
景子はにっこりと笑って田久保に語りかけた。
「何がです」
不思議といえば、何もかもが不思議だ。こうして自分が日本政府公認の地下秘密カジノ組織の最重要アジトで澤田明宏という連続殺人事件容疑者の母親から戦前の日本の話をレクチャーされることも。何もかもが、異次元の世界が現実にはみ出してきているように思えた。
「戦争というのは大抵は資金が足りなくなって、もう戦争が継続不可能になる、という事実で終わります」
「まあ、そうでしょうな。兵器を調達するにも、植えた国民の腹を満たすにも金がなければできないことだ」
「でも、末期のナチスドイツは敗戦色が濃厚になって、ドイツマルクが紙くず同然に成り果てた後も、盛んに中東からエネルギーを輸入し、軍需産業が作り出す潜水艦やら戦車やらの鋼鉄も底を尽きることはありませんでした」
「確かに考えてみれば不思議ですな。紙くず同然のドイツ紙幣でどうやって戦費を維持していたのか……」
景子の横で話を聞いていたアイデルバーグが、机の上に置かれている東北帝国の魔球、純金の魔球をゆっくりと手で撫でるように転がしながら頷いた。
「金の力でドイツは戦費を賄っていた……?」
「そうです。自国通貨が紙屑同然になったとしても、無国籍通貨である金を保有していればどのような決済も可能です」
アイデルバーグは景子の言葉にうなずきながら、なお、東北帝国の魔球を転がしていた。
「ところが、1944年にはアメリカは公的金の実に73%を押さえていました。トン数にすると2万5千トンです。その他、有力な国々が残りを押さえいていますので、ドイツには金もなかったんです」
「すると……」
「金という財は不思議な財なんですよ」
アイデルバーグが口を挟んだ。
「現在でも、各国の金保有量というのは公式なデータがあります。現在ではIMFがそれを管理しています。ところが、このデータはIMFが調査したものではなくて、あくまでもIMFへの各国からの自己申告なんですよ」
アイデルバーグはここでいったん言葉を切って、田久保の顔を見た。これがどういうことを意味するか、分かりますか?目がそう問いただしていた。しかし田久保には分からなかった。
「すみません、金融というものにはさっぱり疎いんです」
アイデルバーグはその言葉も織り込み済みであったがごとく、軽くうなずくと話を続けた。
「金保有に関する最も信頼のできるデータを出している機関としてGFMS(ゴールド・フィールズ・ミネラル・サービシズ)があります。国際貴金属マーケットに関する調査分析を専門とするコンサルタント会社で、金の需給報告書を毎年発行しています。IMFなんかとは比べ物にならない超スタッフを抱えていて、世界中に金の実態調査員を派遣しています。もちろん、各国の中央銀行でも、金に関してはIMFの資料なんてだれも参照しません。民間会社であるGFMSの資料しか見ていません」
アイデルバーグがまた、話を区切ったが田久保にはアイデルバーグが言わんとしていることがまだ分からなかった。
「その調査報告書には、戦前からずっと、東北帝国の名前があるんですよ……」
「え……?」
「よく世界の長者番付とかいう、どうでもいい記事が発表されますね」
「ええ。どうでもいいのかどうか分かりませんが……」
田久保はせめて少しでもアイデルバーグに相槌を打とうとしてそう言った。
「いえ、どうでもいいんです。世界一の富豪がビル・ゲイツとかそんなのはまるでデタラメでそんなことを信用して額面通り受け取っているのは一般大衆だけです」
「……そうですか……。」
「今も昔も、GFMSで金の保有のトップ・ファイブは変わりません」
「はい。どこなんですかそれは」
「5位がロックフェラー財団で、4位がロスチャイルド家です」
「なるほど……。いかにも出てきそうな名前ですね。そして現実にそれらの財団や一族が世界の金融保有者の5位と4位。中央銀行が信用する調査資料にそう書いてあると言われても、やはり驚きを禁じえません」
「3位が中華人民共和国です」
「やはりですか……」
「2位がアメリカ合衆国」
アイデルバーグがここでまた言葉を区切った。
今度はアイデルバーグは、1位の名称を言葉にするまで長い間沈黙していた。
その名前を田久保が口にした時、田久保はうすうす感じていた一つの真実をまごうことなき現実として目の当たりにすることになる。
アイデルバーグは田久保にその名前をいわせようとしているようだった。
「世界で最も信用される調査報告書に記載されている最大の金保有機関……」
「そう、ビル・ゲイツが世界一の富豪などということは金融機関のトップの人間は誰も思っていません。その機関は、アメリカ合衆国や中華人民共和国の金保有量よりも多くの金を保有している。つまり、実質上の国際世界の支配者です」
「東北帝国……」
「そうです。正確には、古代イスラエルが日本に漂着し、東北で天皇家と一緒に掘り起こし蓄財してきた天皇家の金塊を管理する東北帝国。つまり、実質的には世界最大の金保有機関は天皇家であり、日本はその気になれば圧倒的な金保有量を武器に世界経済の支配者となることができるのです」
「それが政府公認のこのカジノ計画の裏にある……」
「その通りです」
アイデルバーグが満足そうに頷いた。その横で景子がすべてを熟知しているという顔で静かに微笑んでいた。
そうです。それが、三郎さんと妹のです。
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