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【詩】或るひきこもりのうた

 ちょうどまるで
 雨に濡れたアスファルトの上を
 昨日の夕方からしつこく雨がぬらし
 その雨を傍若無人な
 他県ナンバーの
 長距離トラックが踏みしめて出すその音のように
 どうでもいい舞台裏の
 その連鎖する何かは多分俺だけが知っている
 
 まるでいつかはこの路面で
 殺人事件でも起きようものならば
 おれは真っ先に轢き殺された老婆を
 助けようと偽りながら
 その隙間の刹那に
 実はこの世界の秘密を知ろうとするだろう
 
 轢かれるべきは俺だった
 せめてもの
 そんな思いが俺の脳裏をよぎるうちは
 俺はまだ俺なのかも知れないが 
 果たして
 俺は俺であったためしがあるだろうか

 誰に問う
 信号の赤にただ問う
 誰も通らず
 老婆もおらず
 どんな車も来ないこの深夜のこの横断歩道で
 何のためにおれは青信号を待つんだ
 信号は何かを促すように青になったが
 俺は横断をためらった

 いやしかし
 それがもし、誰もいない赤信号で
 赤が青に変わるのを見ることが俺の良心だとしたら
 それはあまりにもみじめではないのか
 ならば青信号で渡らないことはせめてもの
 自分らしさとかいうものではないのか
 
 もしも俺が死んだら
 そんなことを考えたら通るはずのない長距離トラックが
 まるで俺を祝福するかのようにヘッドライトで照らしてくれた
 まるで緞帳の開いた舞台俳優のようだった
 俺は知らぬうちに赤信号になった横断歩道を
 まるで青のように堂々と渡った

 堂々と飛び散った俺の血が
 青に再び変わろうとする信号を
 これ以上なく確信的に
 何度何度も上から赤く上塗りする様子を
 俺は走りすぎる恩寵の長距離トラックを横目に
 アスファルトに耳を押し当てながらタイヤと雨の性交するような音を
 何か遠くの大切なものを聴くように
 まるであたかも幸せそうに聴いていたんだ

 いい人生だったなと
 ふと俺は、そんな気もしたんだ


 
 


 
 

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