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「原油価格下落と円高で日銀の利上げ経路はどうなる?WTI先物安値の影響を考察」

2024年9月、原油価格が1年4カ月ぶりの安値を記録しました。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物が急落し、これに伴いインフレ圧力も和らいできています。さらには円高・ドル安も加わり、日銀が計画していた追加利上げの経路はますますかすみがちです。今回は、原油価格の下落がどのようにインフレ抑制につながり、さらに日銀の利上げの道筋にどのような影響を与えるのかを考察していきます。


【1. 原油価格の急落:2024年の背景とは?】

まずは、原油価格がここにきて大きく下落した背景について見てみましょう。2024年9月10日にWTI原油先物が1バレル65.27ドルまで下落し、これは2023年5月以来の安値です。原油価格がここまで急落した要因は、主要消費国である中国や米国における原油需要の低迷が挙げられます。

特に、中国経済の減速が影響しており、2024年8月の中国の貿易統計では輸入が前年同月比でわずか0.5%増にとどまり、内需の低迷が鮮明になっています。さらに、石油輸出国機構(OPEC)が発表した2024年の石油需要見通しも、需要の伸び悩みからわずかに下方修正され、需給のバランスが緩和されていることがわかります。

供給サイドでも、OPECプラスは減産を継続する方針を示しているものの、需要の低迷に対して十分な対策とは言えず、原油価格の下落に歯止めがかかっていません。

【2. インフレ抑制と「オイル・ヒーリング」効果】

原油価格の下落は、資源を輸入に頼る日本にとって、物価上昇の抑制効果をもたらします。ここで注目されるのが、「オイル・ヒーリング」とも呼ばれる現象です。これは、原油価格が下がることで、エネルギーを含む原材料費が低下し、最終的に消費者物価にも影響を与えるというものです。

現在、日本ではエネルギーコストの高騰が物価上昇を押し上げる要因の一つとなってきましたが、原油価格の急落により、このインフレ圧力が緩和されつつあります。実際に、2024年9月の物価連動債(BEI:ブレーク・イーブン・インフレ率)は2.0%に迫り、20年12月以来の1%台も視野に入る状況です。このような低インフレの環境は、日銀にとって追加利上げを決定する上で大きな障壁となるでしょう。

【3. 円高・ドル安と原油安の影響】

加えて、円高・ドル安の進行も見逃せない要因です。2024年9月11日の東京外国為替市場では、円相場が一時1ドル=140円台後半と約8カ月ぶりの高値をつけました。米連邦準備理事会(FRB)がインフレ沈静化に向けて金利を低下させるとの見通しが強まり、これがドル安を促進した結果です。

円高が進むと、輸入物価が下がり、エネルギー価格もさらに低下します。つまり、原油安と円高が相まって、輸入コスト全体が抑えられ、日本国内のインフレ圧力が一層和らぐ可能性が高まります。このような状況が続けば、日銀が目指している「賃金と物価の好循環」は実現しにくくなり、利上げのタイミングを先送りせざるを得ないかもしれません。

【4. 日銀の利上げ経路がかすむ理由】

日銀は、物価上昇と賃金の好循環を前提に、追加の金融引き締め策として利上げを検討していました。しかし、原油価格の下落と円高の影響で、これまでのインフレ要因が急速に弱まっているため、その計画が難航する可能性があります。

SMBC日興証券の野地慎チーフ為替・外債ストラテジストは、「円高と原油安が続けば、日銀の次の利上げ時期は先送りされ、国内金利の低下圧力が強まる」と述べています。特に、原油価格が長期間低迷するシナリオでは、インフレ目標の達成が遠のき、日銀は利上げの選択肢を狭められるでしょう。

また、米FRBが利下げに転じる可能性がある中で、日銀が逆行して利上げを実施するのは、金融市場に混乱を招くリスクもあります。そのため、日銀は慎重なスタンスを取らざるを得ず、利上げの「パス(経路)」はさらに不透明さを増しているのです。

【5. 原油価格下落はどこまで続くのか?】

今後の原油価格については、さらに下落する可能性があります。野村証券の高島雄貴エコノミストは、年内のWTI原油先物価格を60~80ドルと予想し、JOGMECの野神隆之首席エコノミストも「60ドル台中心」との見通しを示しています。このように、原油価格が低迷すればするほど、インフレ圧力は一層弱まり、日銀の金融政策はますます緩和的な方向に向かうでしょう。

【まとめ】

原油価格の急落と円高・ドル安の進行が、日銀の利上げ経路に大きな影響を与えています。原油安によるインフレ抑制効果は、日本経済にとって短期的にはプラスとなるものの、長期的には賃金と物価の好循環を実現するという日銀の目標を遠ざけるリスクも抱えています。今後の金融政策は、原油価格の動向と世界経済の需給バランスに大きく左右されるでしょう。

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