TENTACLE AND WING
13年前、遺伝子研究所で事故が起き、他生物の遺伝子が混在した子どもが生まれるようになった。そのような子どもはキメラと呼ばれて差別され、施設に隔離された。エイダは特殊な視覚をもつキメラで、赤外線や紫外線など、人には見えないものが見える。秘密を隠して生活していたが、12歳のとき、抜き打ちの遺伝子検査でキメラだと認定され、施設に送られる。そこには、エイダにしか見えない生物がいた――。異色のYA SFファンタジー。
作者:Sarah Porter
出版社:Houghton Mifflin Harcourt
出版年月:2017年10月
ページ数:263ページ
作者について
ブルックリン在住の作家。本書のほか、「The Lost Voices」三部作、『Vassa in the Night』などのヤングアダルトファンタジー作品を発表。2024年にはTor社より初の大人向けファンタジー『Projections』を発表。
おもな登場人物
● エイダ:他生物の遺伝子混在のため、視覚に異常がある少女。人間には見えないものが見える。12歳。
● マーリー:蝶の遺伝子が混在している少女。入所時は外見の異常も自覚症状もない。13歳。
● ガブリエル:カメレオンの遺伝子が混在している少年。感情の起伏にあわせて肌の色が変化。ハンサム。
● オフィーリア:トンボの遺伝子が混在している少女。背中にトンボの羽があり、短い距離なら飛べる。目は複眼。エイダのルームメイト。
● ローワン:アザラシの遺伝子が混在し、ヒレがある少年。水中も自由に泳げる。とても優しい。
● ソラヤ:ローワンの友だちの巨大イカ。エイダと顔がそっくりで、同じ遺伝子を持っていると思われる。
● スチュアート先生:4人しかいない施設職員の中で、中心的な存在の先生。
● ジャコウェイ博士:科学の授業を担当。遺伝子研究所の事故の生き残りで、変わり者。
あらすじ
※結末まで書いてあります!
ロングアイランドでは、13年前に遺伝子研究所で事故が起きた結果、人間の染色体にほかの生物の染色体が混ざった子どもが生まれるようになった。そのような子どもはキメラ、通称キムと呼ばれ、生まれた直後に殺されるか、海岸沿いの施設に隔離された。近くにいるだけで伝染すると恐れられたからだ。事故を起こした遺伝子研究所には暴徒と化した群衆が押し寄せ、研究設備は破壊されて科学者は殺された。いまでも、隔離施設の存在に反対する人々が抗議活動をおこなっていた。
エイダは外見は普通の少女だったが、視覚だけ異なるキムだった。青い空はさまざまな色の渦に見え、普通の人間の目には映らないものが見える。子どもの頃、そのことに気づいた父親は、絶対に人に言わないようにと釘を刺し、身体検査も宗教上の理由という名目で受けさせなかった。ところがエイダが12歳のとき、抜き打ちの遺伝子検査がおこなわれ、キムだと認定される。キム弾圧活動をしていた上に妊娠していた母はおなかの中の子への伝染を心配し、父も科学者としてのキャリアを心配した。
エイダは、同じく検査にひっかかった子どもとともに、鉄条網に囲まれた施設に送られた。ひとつ年上の少女マーリーは外見の異常も自覚症状もなかったので全然納得していなかった。施設で出迎えた少年ガブリエルは、ハンサムな少年だったが、感情の起伏にあわせて肌の色が変化した。エイダのルームメイトになったオフィーリアは、背中にトンボの羽が生え、サングラスの奥の目は複眼だ。マーリーは、自分とエイダは異常のない人間だと信じていたが、エイダの特殊な視覚のことを知ると距離を置き、完全に孤立した。
エイダは自分でも意外なほど、すぐに新生活になじんだ。いままで嘘をつく生活を強いられていたので、正直にいられることがむしろ快適だったのだ。ただ、遺伝子研究所の事故は13年前だったのに、いまだにキムが生まれているのが気になった。子どもの数は多いが、職員の募集をかけても応募者がほとんどいないため、大人の職員は4人しかおらず、年長の子どもたちが食事の準備や幼い子どもたちの世話を手伝っていた。
ときどき、エイダは空中に浮かぶ青い物体を見かけた。自由自在に形を変え、自分の意志で動く生物のようだったが、特殊な視覚をもつガブリエルとオフィーリアに話しても、幻覚だといってとりあってもらえなかった。しかし、ふたりはスチュアート先生に報告したようで、エイダは先生に呼び出される。先生は、現在の場所に施設が建設されたのは、とある知的生物がいると想定されていたからだと話し、ほかの人に見えない何かが見えたら報告するように、と言う。しかしエイダは、先生やガブリエルたちが何かを隠しているらしいようすが気になったのと、青い生物が報告を拒んでいるように感じたのとで、見えても何も言わなかった。
科学の授業の先生はジャコウェイ博士だったが、博士は遺伝子研究所の事故の生き残りだった。ただ、ほとんど正気を失っていて、わけのわからないことばかり言っていた。「なぜキムが生まれたのか」というディスカッションで、マーリーが珍しく発言し、「人類が環境破壊してきたことへの神の罰」と答える。一般的には、遺伝子工学の実験でウィルスが突然変異を起こしたためとされていた。エイダは、ウィルスではなく寄生藻のようなものが原因なのでは、と発言する。もしかしたら、それこそが例の青い生物かもしれなかった。
ある晩、エイダは青い生物に導かれるようにして、敷地内の森へと入っていった。青い生物はしゃべれないが、エイダの質問を理解し、アメーバーのように体の形を変えて答えた。翌日、エイダがあらためて森を調べにいくと、ローワンが後をつけてきた。ローワンにはヒレがあり、水中も自由に動ける。だれにでも優しく、マーリーも心を開くほどだった。エイダとローワンは、地面に隠されていた穴に落ちる。そこには池のようなものがあり、青い生物と、人間の顔をしたオタマジャクシがたくさんいた。キムには、人間に他生物の遺伝子が混じるパターンだけでなく、他生物に人間の遺伝子が混じるパターンもあったのだ。エイダはローワンに口止めすると、肩車をしてもらって外に出て、助けを呼びに行く。ところが、ガブリエルをつれて戻るとローワンはいなくなっていた。穴を降りると、青い生物もオタマジャクシもいない。奥のトンネルを進むと崖があり、その先は海につながっていた。そこへ、イカのような巨大な生物が顔を出す。ローワンの海の友だちのソラヤだ。エイダは、ソラヤの顔が自分にそっくりで驚く。同じ遺伝子を持っているとしか思えなかった。
ガブリエルは、キムは人類が進化した姿だと考えていた。世界中がキムだらけになれば、差別されることも、隔離されることも、攻撃されることもない。そのためのカギになるのが謎の青い生物だと考えていた。エイダにしか見えないので、エイダの協力が不可欠であり、そのためにスチュアート先生はエイダと親しいキムたちにエイダの動向を探らせていた。エイダは協力を断り、怒ったガブリエルはエイダを崖から突き落とす。エイダはソラヤに助けられた。外の海岸へと運ばれると、そこにはローワンがいた。青い生物がローワンとオタマジャクシを連れて逃げてきたようだ。その頃、施設内でも一騒動起きていた。マーリーが蝶のさなぎになりかけていたのだ。
エイダは優しくさなぎを抱きしめて励ました。さなぎの中でまだ意識があったマーリーは、激しく動揺し、怯えていた。頭では理解できても、とても受け入れられるような体の変化ではない。さなぎから出たら同じ名前で呼ばないでほしい、とエイダに懇願した。
スチュアート先生は、エイダから情報を引き出すためにエイダの父も巻き込んでいた。むしろ、最初からふたりは結託し、青い生物を探し出すためにエイダの特殊な視力を使おうとしていたことが発覚する。青い生物はやはりキムの発生に関わっていて、理論上では存在するとされていたが、目に見えないため実物を発見できずにいたのだ。しかも、エイダが先生に報告すれば、遺伝子検査を無効にしてもらうという取り決めまでしてあった。
父は「エイダはキムではない」と訴え、エイダ奪還のために群衆とともに施設に押し寄せる。群衆はトラックで門を強行突破し、ジャコウェイ博士が轢き殺される。いままで人目を避けていた異形のキムたちは堂々と立ち向かい、群衆は恐れをなして逃げだした。エイダの父はエイダを連れ出そうとしたが、研究のことやロングアイランドを離れることしか頭にない父にエイダは失望。父のことは愛しているが施設に留まると宣言する。施設を出るなら、みんな一緒でなくては意味がないからだ。父は諦めて立ち去った。
スチュアート先生や、施設でずっと暮らしてきたガブリエルは、キムの数を増やすことがキムを守ることだという意識が強かった。しかし、外の世界の人たちが同じように考えてくれるかは危険な賭けだった。おそらく、青い生物が協力を拒んでいるということは、いまはまだその時期ではないということなのだろう。青い生物の正体はわからないままだが、キムたちを自分の子どもだとみなし、未来への希望だと考えているようだった。もしかしたら地球そのものの一部であり、環境が厳しくなっても人間が生き延びられるように試行錯誤している最中なのかもしれない。
マーリーの羽化が始まった。新しい名前をつけてあげなくちゃ、とエイダは思うのだった。
評
人間と他生物の遺伝子が混在した、「キメラ」と呼ばれる子どもたちの物語だ。見るからに「化け物」と言われるような子どももいれば、エイダやマーリーのように一見「普通」の子どももいる。地球の環境破壊と人類の未来への危機感が根底に流れており、『エヴァが目ざめるとき』(ピーター・ディッキンソン作、唐沢則幸訳、徳間書店、1994年)を読んだときのような衝撃を受けた。
「キメラ」は人に危害を加えるわけでもなく、伝染するわけでもない。隔離の理由は得体の知れないものへの恐怖や、群集心理によるところが大きい。人間(特に大人)の醜悪な面が誇張されており、守ってくれるはずの家族に見放される描写には心が痛む。多種多様なキメラの描写も大胆だ。人間の顔をしていたオタマジャクシは、人間とカエルがミックスした姿に成長する。なお、科学的な面が細かく書きこまれているわけではない。
生後直後からキムだと診断され、生涯のほぼすべてを施設で暮らしている子どもが多いなかで、施設の外の生活が長いエイダは異色な存在だ。「普通の人間のスパイではないか」と疑いの目で見られる一方、まっすぐで正義感の強い性格は一目置かれ、隠れてばかりだったキムたちの意識も変わっていく。外見だけでなく、性格も個性豊かな子どもたちの集団生活は、映画「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」のようだ。スチュアート先生は子どもたちに「キムは人類の進化した姿だ」と教えており、最年長のガブリエルはその自負が特に強い。
ガブリエル、オフィーリア、ローワン、エイダの4人は年も近く、ぶつかることも多いが、それぞれの特技を活かして遊ぶ場面では心がなごむ。緩急あり、ミステリーの要素もあり、ストーリーのテンポもよく引き込まれた。マーリーが羽化をしはじめるエンディングは希望が感じられ、胸を打たれた。なお、原書の分類ではミドルグレード作品(長編児童書)になるが、主人公エイダの一人称で書かれており、日本ではヤングアダルトという扱いになるだろう。
「普通とは何か」「人間とは何か」「人間の未来はどうなるのか」という大きなテーマについて考えるきっかけとなる作品であるが、純粋にユニークな面白さを楽しんでいただきたい。表紙も非常に美しく、印象的だ。
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