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耳をかすめるヌルリ。臨時休館前夜その2【美術館再開日記・序】



線引き

2020年2月29日から、文化庁の管轄下にあるミュージアムや劇場が臨時休館に入った。27日に出された文科省・文化庁の要請によるものだった。

以降、私の勤める館も含め、全国の公立美術館の多くは「ウチのお上からはいつお達しが来るのか」とジリジリすることになったはずだ。現場独自の判断ができない仕組みだからである。休館開始の日付も、休館中のスタッフの働き方も、再開の日付や方法も、設置者である自治体の意向を常に様子見しながら未体験の具体策に落とし込み、決定が出たら即座に実行することを迫られる。

世田谷美術館は、都内では結果的に最もギリギリまで開館し続けた館のひとつになったが、それは本当に結果にすぎない。その結果を、ある種の正義感から微妙に「英雄」扱いしかねないメディアの報道姿勢が垣間見えたとき、一抹の違和感と危険を感じたのはおそらく私だけではなかったと思う。

さて、この時期、個人的に最も気になって日記に残していたのは、一部の関係者がおそらくは全く無意識のうちに口にしていた、さりげない線引き/排除の言葉であった。ちょっとしたストレスの捌け口であるかのように、ヌルッと発せられていた。

コロナウィルスはそれぞれの社会に埋め込まれた構造的な差別と不平等を照らし出している。米国・英国ではそれがBlack Lives Matter運動につながったことは周知の事実である。この動きは米英の美術館業界をも直撃して、著名館のコレクションや企画展のありかた、スタッフの構成がいかに差別的・排他的であるかが告発され、場合によっては館が調査や方針転換を表明するといった記事が、アート関係のニュースサイトにたびたび上がってきた。「美術手帖」では差別への抗議を表明し「連帯」を掲げたニューヨークの美術館が取り上げられたが、そこに登場する館なども、その後大きな批判にさらされたりしている。

3月の東京の美術館で、私の耳をかすめた言葉は些細なものだ。明らかな差別発言とはいえない。が、そこにあったヌルリと不快な感触をなかったことにもできない。コロナでちらりと見えてしまったヌルリだった。春の花々がいっせいに咲きそろうなかで。
以下、3月の日記からの抜粋である。

2020年3月中旬のある日、都内の某美術館で

当館を含め、それぞれの理由でいまも開館し続けているミュージアムは都内でもいくつかある。

―お宅はどうですか、お客さんの様子は?
―まあ他が開いてないから、喜んでいただいてますね。
―増えてますか?
―少しはね、でもウチは中国人とか欧米人とか全く来ないんで、あんまり心配ないですよ。おかげさまで。

というような会話が某館で耳に入ってきて、愕然とする。
こういうときはいろいろ炙り出される。いろいろ危うい。

気分を変えよう。写真は台南の国立台湾文学館の企画展会場。
アジアにおけるクレオール文学、というような魅力的な視点で、20世紀初頭の東南アジアを移動しながら活動した女性作家を取り上げた展覧会だった(と理解して見ていた)。多くの移動は個人の意思ではどうにもならない事情で発生する。それが思いがけない豊かさをあちこちにもたらす。

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2020年3月後半のある日、都内の某会議室で


先々の大型展覧会についての打ち合わせに、代理で出席した。
当然話題はコロナ関連である。この先をどう見通して、どう対応するのか。複数ある共催予定企業の担当者が集まっての情報交換と方針のすりあわせ。秋口に海外展を抱えているはずの某社の担当者がふと、こともなげに言う。
「まあ、コロナは4月中には収束するだろうというのが、ウチの社内的な読みなんですよ」。

あまりにびっくりし、「世界的に4月に収束とお考えですか???」と聞き返したら、「いや日本の話です。海外はわかりませんよね。●●みたいなどうしようもなくいいかげんな国もあるしねえ笑」。

冷たい視線を返したが、何も言わずに黙ってしまった。会議室には弛んだ笑いが広がった。

さて、米国のメトロポリタン美術館は7月まで閉めるそうだ。以下、3/18のニューヨークタイムス長文記事の概要。

Metは年間3億2000万ドルの予算を回す(巨大すぎる)ミュージアム。それが1億ドルの損失見込み。7月に再開できたとして、10月までのプログラムは規模縮小。国内の多くのミュージアムが、この休館延長に追随する可能性あり。

Met、4月4日までは全従業員への給料は支払うがその後は段階的に解雇計画ありとも発表。従業員の多くが入っている組合は「相談もなく一方的に解雇宣言とは」「解雇でコストカットをもくろむ前に、回せる金は山ほどあるだろう」と反発。

Metでさえこんな状況では、小さなミュージアムの打撃はいかほどになるのか。これ以上危機が長引けば、いま閉めている全米の館の3分の1は再開できないかもしれない、という見解がAAM(全米博物館同盟、民間団体)から出ている、と。

上記Met情報は経営トップから館内の各部署に送られた通知とのこと。
Metサイトを確認したら、3/17更新のままになっていた。一般向けの「7月まで休館」情報はまだ出ていない。

※メトロポリタン美術館は2020年8月29日にようやく再開。8月14日に公式サイトで発表された↓




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