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空白を埋めるためには、言葉が必要なんだ

『なるほどデザイン』を作ることになる、少し前のこと。新米アートディレクターだったわたしが、後輩デザイナーと打ち合わせをしていたとき、彼女がため息混じりにこうつぶやいた。

「筒井さん、本当にあのお客さんて、なんにも決めないですよね」

ずいぶん前のことなので曖昧だけれど、たしかこんな話をした記憶がある。

ーーそれはちょっと違うかな。わたしもあなたもこれまでずっと出版社に常駐していて、プロの編集さんが考えた企画をどうデザインするか? が仕事だったけど、いまやっているのは広報誌。相手は制作のプロではないし、受けている業務範囲がそもそも違う。どんな企画にすればいいかを考えるところからがうちの仕事で、対価もいただいているのだから、私たちがリードするのはある意味当然。
だから「なんで決めてくれないの?」ではなくて「一緒に決めていく」のが、あるべき姿勢なんだよ。

話しながら自分で自分の言葉に、あそうか、と気づいた。


価値観は、身につけては手放すの繰り返し

雑誌の現場は、編集者というクライアントかつパートナーである強力な存在がいるし、カメラマン、ライター、スタイリスト、校正者といったプロに囲まれて仕事ができる環境だった。でもその経験だけを通して「デザイナーの仕事」を定義してしまうと、違うプロジェクトに入ったときに、こぼれて抜け落ちてしまうものがある。

自分がやるのはこれだ、という業務範囲。身につけていて当然だと思うスキルセット。大小さまざまな価値観が凝縮されたことによって、体に染み付いていく言葉の選びかた。

「デザイナー」とひとことで言っても、その仕事によって担う役割は違う。こうやって言葉にしてみると笑えるくらい当然のことに思えるけど、その当時のわたしはまだまだ「自分がやってきたこと」の延長でしか仕事をとらえていなかったし、無自覚に境界線を引いていたような気も、する。

冒頭の後輩との会話を今でもたまに思い返す理由は、あの後から、同じような価値観のズレや空白に、気づきやすくなった気がするから。

自分にとっての当然を疑うこと。一度身につけた価値観を、そのままいったん横において、新しい価値観を受け入れてみること。

すべてを受け入れろ、という意味じゃなくて、入り口でピシャリと拒絶するのではなく、まずは染まってみて、巻かれてみて、巻き込まれてみないことには、自分にとってそれが良いか悪いかなど判断できないのだと思う。

そういうスタンスでいた結果、「やったことないこと」成分の多い仕事に恵まれることが出来たし、仕事の幅が広がるということは、可能性が広がることだなあと思うし、長く楽しくデザインの仕事を続けることができている。


言葉は、空白を埋めるための武器だ

でもこれはなにもデザイナーに限った話ではないのかもしれない。『なるほどデザイン』を出版したことで、デザインについて人前でお話する機会を何度もいただいたのだけど、内容を考えるために相手の状況をヒアリングをしていると決まって、そこには「空白」があるように思えた。

自分はデザインを専門的に学んでいないので、何か意見を言う資格がない。センスが求められそうだからこわい。わからない。デザインは専門家がやるものであって、自分が関わることではない。そう考えてしまう気持ちは、わたしも専門外の内容にコメントしなければならないときに同じように線を引きたくなるので、とても良くわかる。

いっぽう、やりたいこと、目指したい方向は直感的に持っているけれど、それを伝えようとして出てくる言葉や行動が独自の表現すぎて、つかみづらい人にもまた、出会うことがある。この人の語彙は自分のそれをはどうも違いそうだなと感じたときは、意識してすり合わせていくようにはするけど、そのためには十分な対話の時間が必要だ。そのおかげで自分の語彙が深まることもある。

アートディレクターとしてデザインの責任者になってからは、お客さんにデザインの意図をどう伝えるか? の重要度が飛躍的に上がった。打ち合わせに向かう電車の中で、緊張しながら脳内シミュレーションをしていたことを思い出す。どうしてこのデザインなのか。書体を使い分けている意味はなにか。このフォトグラファーを推薦する理由。

相手が使っている単語をそのまま同じ定義で組み入れることもあるし、あえて別の言葉に置き換えることもある。デザインの機能面を強調して話すのか、情緒への共感をしてもらうことに時間を割くのかを考える。

こう書いていると器用に表現を使い分けているように聞こえるけど、そんなことはなく、いろいろ試したけれど結局「平易な言葉で、たとえ話をたくさん出して」話すスタイルが一番自分に合っていたようだった。それがそのまま、書籍の表現につながっているように思う。

強いキーワードがあれば、軸がブレずにいられる

ーーお客さんにデザインのことを説明していて、「なるほど!」って言ってもらえたときが、嬉しいんですよね。

打ち合わせ中のこの発言がきっかけで、本の通称は「ナルホド本」になり、そのまま『なるほどデザイン』というタイトルが生まれた。

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最初のころの構成。タイトル案は『通称:なるほど本』『デザインのナルホド!本』『デザインは口ほどにものを言う』『文字は擬人化して考えようーゆる解説でつかむ、デザインのコツ』など。やっぱり短く簡潔にしてよかったな。

制作過程で当初考えていた内容から変えた部分も多かったけど、このタイトルだけは不動の存在としてそこにあり続けていて、おかげで最初に考えたことがブレずにゴールできたような気がしている。

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