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PERFECT DAYS
Amazon Primeでヴィム ヴェンダース監督、役所広司主演の映画 “ PERFECT DAYS“ を観た。
封切り当初のSNSではかなり極端に賛否が分かれていた。僕が目にした肯定的なものとしてはヴェンダースらしい静かな美しさとその余韻に浸ることができた、否定的なものは「これに感動するようなチョロい客に憎しみを覚える」というかなり過激なもの。
おそらくこの違いは映画そのものの出来というより作られた経緯や背景をその評価に含むかどうかによるものではないかと思う。
役所広司さん演じる主人公は公衆トイレの清掃員。その名もなく貧しく慎ましい生活の日々をセリフやストーリーの起伏を極力抑え、淡々とした筆致で描いている。
と、ここまではヴェンダースの好む小津安二郎的な穏やかな日常を扱うドラマ。
ただ彼が清掃するのは普通の公衆トイレではない。渋谷区に最近できた日本を代表する有名デザイナーたちによる「ハイテクトイレ」だ。
これはTHE TOKYO TOILETと呼ばれるプロジェクトで、渋谷区在住のユニクロ柳井康治氏と日本財団(旧日本船舶振興会)が発案、出資し、渋谷区に譲渡された。
映画はもともとこのTHE TOKYO TOILETのPRのための短編オムニバスとして計画され、ヴェンダースが起用された。
ヴェンダースは日本滞在時に感銘を受けたサービスや人々の折り目正しさ、公共の場の清潔さを思い起こし、長編作品として制作したという。
このプロジェクトによるトイレは渋谷区内に17ヵ所あり、自宅の近くにもあるためよく目にする。そのうちのいくつかは使ったこともある。
それぞれ別々のデザイナーによるものでかなり個性的な印象だけど、なんというか万博のパビリオンみたいな感じで「え?」と思うものも少なくない。またデザインに凝りすぎて動作的な不具合などもあった。維持管理費も通常のトイレに比べて非常に高いという。
渋谷区は博報堂出身の長谷部区長になってから宮下公園の民営化、区役所敷地での民間タワーマンション分譲とその見返りとしての庁舎及び旧渋谷公会堂の建て替え、旧玉川上水路再開発など区政の商業化が度々問題として取り上げられているので、このデザイナーズトイレも「あぁ、いかにも長谷部さんの好きそうなキラキラした…」というのが正直な印象。
もちろんそのような事情は映画そのものとは関係ないのかもしれないけど、その辺りをある程度身近に知る者としては映画を純粋に楽しむのはなかなか難しかった。
佐藤可士和さんデザインによるTHE TOKYO TOILET とプリントされた青いツナギを着る清掃員はスカイツリー近くの下町にある、いかにも古ぼけた木造アパートに住む。フィルムのカメラとカセットテープを愛用しながら決して過去は語らない。綺麗好きで老境を迎えても身だしなみに気を配り、高い教養を持ち、情にも厚い。
映画のキャッチコピーは「こんなふうに生きていけたなら」とあるが、果たしてヴェンダースはその映像美と役所広司さんの圧倒的な演技力を駆使し、この清く貧しく名もなく若くもない市井の人が、それぞれの世界で「いつかではない今」を精一杯幸せに生きる者として美化しているのだろうか?