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ホテルを自ら設計する。設計士だからこそ作れる、地域を象徴するホテル/ HOTEL水脈 mio

その土地や文化に根づいた宿のオーナー・経営者の方に開業・運営にまつわる”ここだけ”の話を深掘りするインタビュー企画『Inside Our Hotel Journy』。初回は長崎県島原市にあるホテル、HOTEL 水脈 mioのオーナーである、佐々木翔さんにお話を伺いました。

佐々木さんはINTERMEDIAという設計事務所の代表で、設計士でもあります。ホテルを自ら設計して、自社で運営するスタイルについてその良さも苦労も穏やかに、自然体に話していただきました。

【 プロフィール 】
佐々木 翔
INTERMEDIA代表|水脈 mio代表|長崎県生まれ|2010年九州大学大学院修了|2009-2014年末光弘和+末光陽子/SUEP.|九州大学・長崎大学・福岡大学・鹿児島大学非常勤講師


1.なぜ設計士がホテルを始めたのか


アーケードに面した客室に向かう入り口

——今までさまざまな建物を設計士という立場から手がけられてきたと思いますが、このホテルプロジェクトが始まった経緯を教えてください。

佐々木:この建物は市が所有するもので、県の登録文化財に指定されています。この建物の前にある『まどか』という居酒屋はよく行っていたので、「雨戸がずっと閉まっている大きな空き家があるな」ぐらいの感覚であまり気にも止めていませんでした。

HOTEL 水脈 mioの目の前にある居酒屋「お料理 まどか」

大手広告代理店に勤めていた方が島原市役所に出向され 、そのタイミングでこの建物をどう活用するかという話になったようです。ワーケーションの補助金が国から出るという時期も重なってワーケーション施設として改修・設計するというプロポーザル*1が最初に出たんです。

全国公募だったので、市内・県内設計事務所だけではなく、全国かつ結構大きな設計事務所も応募していました。公募の出し方が面白かったのですが、「運営を見越して設計提案してください」というのが要項に書かれていたんです。

この場所はアーケードの真ん中にあって、いい立地にあります。でも市自体は少子高齢化と過疎化が進んでいます。このエリアは、盛り上がる可能性もあれば、運営が一時的で再び空き家になる可能性もあり、その変動が町全体に大きな影響を与えると感じました。

なので、この場所が宿泊施設以上に、町の人が「住んでいて楽しい」「行ってみたい」と感じる大切な拠点になることを願っていました。

インタビュー中もずっと自然体な佐々木さん

長崎県内のさまざまな地域で過疎化が進んでいますが、人が集まるような拠点づくりを、設計する側でいくつか携わらせていただきました。その拠点にはそれぞれ運営を頑張っている人がいた。

じゃあ島原市で同じようなことができないのか、と考えた時に僕は設計者なので面白い運営者とか、この地で何かをやりたい人の空間を作るサポートをする側として考えていました。島原市は自分の地元ですし、誰かキーマンがいないかなと考えました。

2015年に島原に帰ってきてからプロポーザルが出た2020年の5年間で「この人だ!」という方に出会わなかったと気づいたんです。その時に腹をくくりました。

この町に影響が大きいと感じているんだったら、自分の地元にとって大切だと思うことを自分自身でちゃんとやっていこう。島原で生まれ育って、いろんな影響を受けてきたので、貢献したいと思ってやることにしたのが最初の経緯です。

2.資金調達という関門


建物にもともとあったものを活かして空間を作っている

——開業までで特に大変だったことは何でしょうか。

佐々木:大変なことはいくつかありましたが、1つは資金調達です。というのも、この建物はすごく大きくて立派だったのですが朽ちているところも多かった。そして、市の建物なので耐震補強を公共施設としてやらないといけませんでした。それらの工事費として市が負担する上限は7,000万円と決まっていました。

物価高騰やウッドショック等の社会情勢も重なり、僕らがこういう運営じゃないと多分成り立たないというように設計したものは7,000万円からだいぶ足が出ました。

その足りない部分を僕たちが負担したという経緯です。その金額が結構大きかったので資金調達を国金*2や地銀、設計事務所での繋がりで僕らを応援してくれている方々から支援いただき、なんとか3,000万円ほど資金調達しました。

——全体で1億円ほどかけたということですね。

佐々木:はい。この施設全体の細かい備品やベッドとかも含めて1億円ぐらいです。あと苦労したことといえば、細かいFFE*3の選定でしょうか。施設全体の物語から1個1個のモノの選定をどうしていくかというところを自分たちで決めていきました。

3.設計士から優秀な支配人へ


水脈 mioのバスルーム

——資金調達が無事に終わった話の次は運営に関してお伺いします。宿泊施設でもかなり重要なポジションの支配人の方とはどのような出会いがあったのでしょうか。

佐々木:支配人は、南里(ナンリ)さんという方で元々はうちの設計事務所でバリバリ働く設計のスタッフでした。この『水脈 mio』の設計担当になってもらったのですが、南里さんは将来自分でゲストハウスをやりたいと言って会社に入ってきてるんです。

入社して1ヶ月後ぐらいにプロポーザルが入って、「じゃあ南里さん運営までやるでしょ」みたいな流れでした。今は支配人になってもらって水脈 mioの運営に専念してもらってます。設計事務所のスタッフ時代から気配りがすごかったのでそのまま今の仕事に繋がっています。

——設計事務所のスタッフからすぐに支配人というのは、なかなか無いパターンですね。

佐々木:はい。南里さんは重要なキーマンの1人です。南里さんがいるかいないかでこのプロジェクトができたかどうかの違いは大きかった。水脈 mioは宿泊だけでなく、イベントの運営も地域の拠点になるためにしています。

イベントは日頃やっている業務内容とは違うことを求められるわけですが、その部分も中心になってやっていただいているので感謝しかありません。

4.初期オペレーションの作り方


客室「霞 kasumi」のベッドルーム

——異業種からの宿泊事業の参入で難しいのが最初のオペレーションづくりだと思いますが、どのようにして構築したのでしょうか。

佐々木:最初は僕も支配人の南里さんも何も分かりませんでした。南里さんがオペレーション部分を担う立場だったので、知り合いがやっている宿泊施設を2つ、3つほどそれぞれ1週間ぐらい修行に行くということを開業前にしました。

古民家の宿というのは共通しているのですが、部屋数や無人・有人などその施設ごとで運営の仕方はちょっとずつ違いがあります。そこのオペレーションの違いや1日の仕事の流れを経験してもらいました。

あと、水脈 mioはオープンしてから1ヶ月ぐらいを試泊の期間にしました。知り合いの方にその期間は無料で泊まっていただいたのですが、1ヶ月間オペレーションの精度を上げる期間にできたのも大きかったです。

南里さんが他の宿泊施設に修行に行って、そこで得たことを宿のスタッフに伝達しつつ、試泊期間で試行錯誤する。「あー、この部分がまだ足りてないね」みたいなところが見つかったら僕もフォローしていました。

5.設計事務所とホテルの違い


長崎県出身の書家 ハシグチ リンタロウ氏のアートワーク

——今まで設計の仕事をされてきていますが、ホテルの仕事との違いは何でしょうか。

佐々木:やっぱりお金の回り方は全く違うなと思いました。設計の場合は最初の契約時にお支払いいただいて、設計が終わった時にまた支払いがあるので何百万、何千万という金額を2回払ってもらう感じなんですよね。現場での監理業務もあれば最後に3回目みたいな。

何年も付き合っていく中で信頼関係ができて、それに対して対価を支払っていただくイメージです。ホテルの場合はそれが1日ごとに繰り返される。

設計事務所では ”知り合いの知り合い” みたいな方がクライアントになることが、僕らは多いんですけど、近しい方だからこそ信頼関係がお互い得られやすくて、それが高いお金を払うことへの安心感にも繋がっています。

宿泊に関しては予約サイトから全く知らない方が一期一会的にきていただいて、そういう方々でこの事業を支えられているというのは全然違うなと思います。見ず知らずの方に最大限、気分良く泊まっていただくにはどうしたらいいかというすり合わせはスタッフと日々行っています。

そういう意味では経済との距離感みたいなものが設計とホテルでは違いますね。例えば、チェックインの時の説明や接客で満足していただいて、その日に宿泊料を払っていただくのがずっと続いていくと考えるとサービスの対価が可視化されている気がします。

それに対して設計は今までずっとずっとずーっとやってきた仕事の積み重ねが成果品として設計図を提出してお金をもらう。設計事務所の仕事はすごく抽象化されていると思いました。

——その違いは両方やっていないと分からないことで面白いですね。

はい。設計事務所の社会や経済との繋がり方を改めて考える良い機会になりました。

6.設計事務所だからこその強み


設計事務所内のスペースにあった模型

——今まで設計の仕事をしてきたからこそ、ホテルの運営が良くできた部分はありますか。

佐々木:まずはやはり、建物自体を設計できることは単純に大きいかなと思っています。この場所の歴史とか想いとかを僕も南里さんも丁寧に説明できます。物一個の選定まで一緒にやっているので、もちろん僕と南里さんは突き抜けて色々と話せますけど他のスタッフにも落とし込みやすいです。

設計事務所のスタッフの方たちにもベッドメイキングやチェックインなど手伝ってもらっているのですが、僕が何も言わなくてもこの町の歴史とかを調べていますし、語れます。仕事とかこの場所への向き合い方が全然違うので、そういった部分もお客様へのおもてなしに繋がるんだなと思ったことは何度もあります。

——確かに設計や建築をしている方は、興味関心の幅が広くて、さらに深掘りされている方が多い印象ですが理由はあるのでしょうか。

佐々木:エスキス*4の文化もそうですけど、建築の仕事をしていると思想も育て上げられていくということはあるかもしれないです。やっぱり建築は何十年もそこにないといけないものを造るので相当の責任を持たないといけないと思っています。

そもそも、そこに建築があっていいのかみたいな。やはりその問いがないと乱暴なことになってしまうというか、その町に大きな影響を知らず知らず与えてしまうことになります。

その建築は周りの人にどのような影響を与えるのか、全く知らない人にはそれはどういう価値があるのかなど、考えれば考えるほど洗練されていく。「多分これなんだな」と行き着くものがやっぱり良い建築になっていると思うので、この仕事をしている人は責任感を備えていくのかなと。

7.地元に帰ってきたいと思える場所にしたい


——この建物はホテル、カフェ、コワーキングスペースとさまざまな使い方ができる空間ですが、今後どのような存在の場所にしていきたいですか。

佐々木:地元に帰ってくるきっかけになるような場所にしていきたいです。僕もそうだったように、地元の高校生はきっと1回島原の外に出ます。

僕がUターンしてきたのはたまたま父が建築家だったからなので働けるなと思っていましたし、町のよさみたいなものに気づけたのも建築をベースにした専門家的な視点で住めるからです。でも一般的に考えると福岡や東京、関西に出て帰ってくる理由はあんまり無いと思うんですよ。

なので、あの場所はなんか居心地良かったなとか、いろんな人に出会えたなとか、田舎の何もない閉塞感がある場所ではなくて、1回あそこに相談に行ってみよう。いろんな人と出会っていろんな人と繋がっているから帰ってきてもなんとかなるんじゃないかと思ってもらえたら嬉しいです。

年間に1人でも2人でもいいんですけど、そういう人が現れると地方で与える影響はすごく大きいと感じることが多くてキーマンみたいになりやすい。都市部に比べると面白い動きをする人が来ると、その場所だったりエリアが面白くなっていくというのは確かに感じています。

埋もれないというか、見えてくるというか。なので本当に少ない人数でもいいので、この地に帰ってきたいと思ってもらいたいです。

通りがかりの地元の人と話をする佐々木さん

OPERATION REPORT[オペレーション レポート]は”ニッチでドープな宿泊施設運営メディア”をテーマに30室以内の小規模宿泊施設オーナーや経営者、そこで働くスタッフの方に向けて記事を書いています。運営に役立つ情報をオペレーターである私が学んだこと、実践していることを紹介しています。「スキ」「シェア」いただけると田中が喜びます!


*1 プロポーザル:
主に業務の委託先や建築物の設計者を選定する際に、複数の者に目的物に対する企画を提案してもらい、その中から優れた提案を行った者を選定すること。
*2 国金:国民生活金融公庫
*3 FFE:Furniture(家具)Fixture(什器)Equipment(備品)の略称
*4 エスキス:素描、下絵、素案、概要を意味する仏語。 作品を制作するための着想や構想、あるいは構図を描きとめた下描きのことで、作者のインスピレーションを吟味し、計画を(綿密に)練る作業や下絵そのものを指して使われる。

【 取材・執筆・撮影 】田中幹人

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