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神経難病ALSと「脳波」で戦う : 研究の最前線

私が研究をしているブレイン・コンピュータ・インタフェース(BCIやBMIと呼びます)は頭で考えるだけでコンピュータを操作できる技術です。

BCIは意思疎通が困難な難病患者の方に向けた開発が進んでいます。
中でも筋萎縮性側索硬化症(ALS)と呼ばれる病気は意思伝達が完全に困難になってしまうことから、一刻も早いBCIの技術の実用化が求められています。

本記事では神経難病であるALSや、それに打ち勝つためのBCI研究の現状について解説したいと思います。理想と現実のギャップについてお伝えできればと思います。


意思伝達が不可能になるALSという難病


私が共にBCI技術の研究・開発を進めているのは一般社団法人ALSの武藤将胤さんです。

武藤さんの病気は筋萎縮性側索硬化症(ALS)という神経難病で、脳から筋肉に指令を送る神経が、日を経る毎に劣化していきます。かのスティーブン・ホーキング博士もこの病気でした。

このALSですが現状、進行のスピードを遅らせる手段しかなく、完治することはありません。

指令を送る神経が劣化するとどうなるか? 全身の筋肉が動かなくなり、意識があっても身体が自由に動かせない状態になります。

多くの方は眼球を動かす筋肉が最後まで残るため、視線を使って最低限の意思伝達はしばらく可能です。

文字盤という透明な板に文字を書いたものを見せて、どこを見ているかを板越しにヘルパーさんが判断する方法もありますし、近年ではアイトラッカー、視線入力装置を用いたパソコンへの文字入力も可能になってきています。


文字盤(クロス)
文字盤(50音)

以下の動画でも視線入力装置で会話をする様子を見ることができます。


しかしながら、眼球まで完全に動かなくなる状態、「閉じ込め状態」、Locked-in-State (LIS)という状態に最終的に至る患者さんもいらっしゃいます。

そうなってしまった場合、自らの意思を外部に伝えることは不可能になります。

「はい」「いいえ」という基本的な選択肢も、感情も痛みも外部に伝える手段がなくなります。

そこで、眼球の運動が完全に喪失しても、脳さえ正常に動いていれば意思伝達が可能になる技術がブレイン・コンピュータ・インタフェース(BCI)です。

脳波でどこまでできるのか?

BCIの種類には大きく侵襲型と非侵襲型があります。

侵襲型とは手術を受けて脳に直接電極を指すタイプのBCIのことを指します。

侵襲型では猿がピンポンゲームが出来る程性能が高いBCI開発が可能です。イーロン・マスクが設立したneuralinkがデモ動画を公開しています。

一方、非侵襲型とは手術が必要なく、脳波のような頭皮上に電極を置くだけで測定できるタイプのBCIです。

問題は手術の必要がないBCIでどこまでできるかです。

私の研究では非侵襲型を主に取り扱っているのですが、正直なところ侵襲型に比べて性能はそれほど良くはありません。

人の脳には何百億という神経細胞(ニューロン)が存在しています。本当はこれらのニューロン全ての計測が理想です。

しかしながら、脳波では頭皮上に張り付けた電極から、何百億というニューロンの総合的な活動しか、計測することができません。更に頭蓋骨という障壁に阻まれて、頭皮で計測される信号は微弱で、そしてノイズに汚染されています。

1つのニューロンの活動を推定するのは、何百億という人が集まった会場で1人の話している言葉を聞き分けるようなものです。

最新の研究では、この聞き分けをAIでやることによって、多くの選択肢を持つBCIが提案されています。

以下の動画は12個の選択肢を持つ高速BCIです。

この方式BCIは視覚刺激を使っているのですが、仕組みに関してはこちらで解説しています。

このBCIがどれくらいの精度で使えるかというと、70%や80%と書いてある論文が多いです。

これくらいの精度があればなんとなく意思伝達できてしまうのではないか? と思えますね。

しかしながら、実用化には重いハードルがあります。

高額で実用化には遠い脳波計

研究用に使われる脳波計の価格はどのくらいでしょうか?

16〜32極という一般的なものでも500万円〜1000万円程します。

車が2台程買える金額します。また、電極1本故障して買い換えるだけでも数万円する世界です。

精密機械の製造コストは生産量と反比例します。多く売れないとそれだけ価格が高くなります。

現在脳波計を使用しているのは研究機関と大学くらいなもので、購入頻度もそれ程高くありません。

また、日本で脳波計を製造している会社も少なく、性能の良い脳波計はドイツ製等の欧米諸国のメーカーとなっているのも、金額に追い打ちをかけています。

健常者とALS患者の違い

更に問題となるのは健常者とALS患者の違いです。

上記で説明したようなBCI研究は健常者が被験者となっているケースがほとんどです。

最近ではALS患者等の何らかの疾患がある患者によるBCI研究も増えてはきましたが、何れも健常者と同じ程の精度を達成しているとは言い難いです。

理由の1つとしてはALSが神経疾患である、というのがあります。

ALSは脳から筋肉に指令を送る神経が働かなくなる病気ですが、この神経と脳の中のニューロンは関係があります。

BCIで使用している脳活動に関係する神経(ニューロン)と、ALSで劣化していく神経(運動ニューロン)が、密接に関係している程、BCIの精度は病状の進行と共に落ちていくと考えられます。

もしこれらのニューロンの関係性が近いのだとしたら、閉じ込め状態でも脳が正常な状態という仮定は崩れることになります。

ただし、ここには長期的な研究が必要で、まだ明確なエビデンス(証拠研究)がありません。

世界の研究者はBCIで使われるニューロンがALSで劣化するそれとは違うという希望を信じて研究しています。

安価で高精度で実用的なBCI開発

現在私は20万円程で購入可能な脳波計で意思伝達ができないか試しています。この脳波計の性能は上記の1000万円する脳波計よりも落ちますが、最低限のことはできるのではないかと考えています。

20万円程で購入可能な脳波計(3Dプリンターで手作りで作成している)

現在のところ「YES or NO」の2選択肢であれば、健常者や初期のALS患者さんで80%以上の精度を実現しています。しかしながら、末期のALS患者さんでは60%と、精度落ちを実際に経験しています。

この精度落ちの原因が疾患にあるのか? それとも寝たきり患者さんが装着している人工呼吸器にあるのか? 寝たきりが長い事による脳の変性にあるのか?

これらを明確に区別しないかぎり、ALS患者さんが日常的に使えるBCIは開発できないと思っています。

2024年である今年は多くのALS患者さんにご協力頂き、脳波を測定を行う試みを画策中です。患者さんを含め、多くの支援の輪が広がる事を祈っています。

ALSを考える:世界ALSデー

毎年6月21日は世界ALSデーです。

この日にはALSを取り上げるメディアも多くなります。

我々は身近な人や自分が病気になるまで、その病気のことを深く知ることはありません。

ALSという病気があること。そしてそれを支援する人達がいること。団体があること。

この記事が少しでもALSを考えるきっかけになれば良いなと思います。

私がこれまで関わってきた研究やプロジェクトは以下のサイトから見れます。
https://sites.google.com/view/mikito-ogino

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