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No.179 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(13)予期せぬ出会い「Stanley Kubrick: The Exhibition スタンリー・キューブリックの展覧会」

No.179 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(13)予期せぬ出会い「Stanley Kubrick: The Exhibition スタンリー・キューブリックの展覧会」

No.178の続きです。初めの3段落は再掲載です)

Judyに教えられたように、駅の裏手に来ると「EYE Film Institute」行きの船乗り場がある。運河というか湾というか向こう岸を見ると、横に広がる変わった形の大きな白い建造物が否応なく目に飛び込んできた。おそらくあれが「EYE Film Institute」なのだろう。日本語に訳すとどうなるのかな?東洋人らしき人は全くなく、数十人が幅の広い船の甲板に乗り込む。自転車を携えた若者の姿もチラホラと目に付く。

ゆらりと船が揺れ岸を離れて数分、奇妙な形の建物が立つ岸に着いた。全員が船から降りて、ほとんどの人が大きな白い建物に向かうようだった。僕も人の流れに乗って、おそらくは「EYE Film Institute」と判断した建物の方を見ると、縦に十数メートルはあると思われる巨大な掲示板があり、一人の若者の顔が描かれている。「EYE Film Institute」が「アイ映画研究所」と訳されうることを確信した。

若者は、黒いハットに白いシャツ、右目下にアイシャドウ、両目をギラリと輝かせ、暴力的な不敵な笑みを、こちらに世界中に向けている。そう、映画ファンにはお馴染みの、カリスマ的な傑作映画のあの顔を見て、思わず「ええ〜、本当かよ!」と叫んでいた。

スタンリー・キューブリックStanley Kubrick監督「時計じかけのオレンジ A Clockwork Orange」の主人公アレックスAlexを演じたマルコム・マクドウェルMalcolm McDowell の顔がそこにあったのである。彼のかぶる黒のハットの上に「Stanley Kubrick: The Exhibition」の文字があり、白のシャツの上に会期などが記されていた。

アンソニー・バージェスの原作がスタンリー・キューブリック監督によって映画化され、日本で公開されたのが1972年、映画の中の暴力描写や性描写が論争を呼んだものの、世界中でカリスマ的な人気を得た映画史に残る傑作である。手元にあるDVD「時計じかけのオレンジ」の紹介文をそのまま引用させていただく。

「素晴らしい。並外れた映像、音楽、台詞そして情感の力作。
喧騒、盗み、歌、タップダンス、暴力。山高帽とエドワード7世時代風のファッションに身を包んだ反逆児アレックスには、独特な楽しみ方がある。それは他人の悲劇を楽しむ方法であるーー。
アンソニー・バージェスの小説を元に、異常なほどに残忍なアレックスから洗脳され模範市民のアレックスへ、そして再び残忍な戻っていく彼を、スタンリー・キューブリックが近未来バージョンの映画に仕上げた。忘れられないイメージ、飛び上がらせる旋律、アレックスとその仲間の魅惑的な言葉の数々ーーキューブリックは世にもショッキングな物語を映像化した。」

1972年、高校3年生だった僕が映画にのめり込んでいく時期であり、クラシック音楽をバックにアレックスと仲間たちが繰り広げる無軌道な振る舞いを、キューブリック監督が疾走感溢れる映像で繋いでゆく「時計じかけのオレンジ」の前半部分には、目眩さえ覚えた。

「時計じかけのオレンジ」完成に先立つこと3年、1968年「2001年宇宙の旅 2001: A Space Odyssey」が公開された。「2001年宇宙の旅」はキューブリック監督の中で僕が最も好きな作品で、初公開から10年を経た1978年に初見であった。

有楽町の映画館「テアトル東京」で連れ合いの由理くんと一緒に観た直後に「これは凄い!」と叫んだ記憶がある。この時、前に座っていた二人の若者の一人が漏らした「面白かったけど、分かんなかったなあ」との正直な感想には笑ってしまった。公開当時から賛否が分かれ「難解な作品」としての位置付けをされる面目躍如である。

船をイメージさせる外観の「EYE Film Institute アイフィルムミュージアム(日本だとこの名称が一般的のようである)」に入ってゆく。広いスペースの向こう側に大きなガラス窓が見え、カフェであろう、近代的なデザインの椅子に座りくつろぐ人々が見える。

暗い展示室は、いくつかの部屋に分かれている。キューブリック作品のダイジェスト版がそれぞれの部屋の足元に広がるスクリーンで鑑賞できるようになっていて、映画の中に使われていた衣装や小物、キューブリック自筆の絵コンテなども展示されていた。

今では観ることも難しい1950年代の作品郡の映像、「2001年宇宙の旅」に使われていた宇宙服や、「バリーリンドン」の中世の衣装、「スパルタカス」で使用された剣や武器など、こちらの想像を遥かに上回るキューブリック回顧展である。

「時計じかけのオレンジ」の中で、アレックスが着ていた白の上下のつなぎ服やステッキもあった。かなりの時間をかけ、暗い展示室を回って廊下に出ると、思わずドキッとしてしまった。アレックスと仲間たちがたむろする退廃的な「ミルクバー」にあった等身大の裸体の女性フィギャアが3体あるのだ。

そのうちの一体は乳首からミルクが出るシーンで知られるもので、まさかこんな所で遭遇できるとは思っていなかった。さらに驚いたことに、映画を観た方なら忘れられないであろう、あの「男性器のオブジェクト」が置かれているのだ。そばにあった案内を読むと、数日前から特別に展示を始めた旨が書かれていた。

館内のカフェの椅子に座ると、ガラス窓の向こうにアムステルダム市内の建造群が運河の上に浮かんでいるように見える。運ばれてきたお茶を飲みながら「EYE Film Institute アイフィルムミュージアム」がこの年の4月にできて「Stanley Kubrick: The Exhibition スタンリー・キューブリックの展覧会」がパリでの公開に続き、ここアムステルダムで偶然にも僕の旅程と重なったことに感謝した。

それ以上に、ホテルオークラ「カメリア」のウエートレスJudyと親しくなった幸運を思った。彼女との今朝の世間話がなければ、この場所との巡り合いもなかった。もちろん、巡り合いもなく、知らずにアムステルダムを去ったところで、印象が悪くなるわけでもない。ここ「EYE Film Institute アイフィルムミュージアム」に来なければ「キューケンホフ公園」で風車でも見て、綺麗だなあなどと楽しんでいたことであろう。

人生は「これをすれば、あれはできない」、そんなものだ。それでもなお、人との繋がりからの「予期せぬ素晴らしき出会い」が嬉しかった。

「Stanley Kubrick スタンリー・キューブリック」の後に「Vincent Van Gogh ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」はアリだな。夜の「飾り窓観光」は、あのギラリとしたアレックスくんに似合っているな。そんな取り止めのないことを考えて、時計の針を見ると、午後の4時を回っていた。

・・・続く

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