気になる美人
いつも使っているとある商店に、気になる美人がいる。
年の頃は30代前半。顔立ちも整っているが、化粧の完成度がいつも高いのが特徴だ(そのため、素顔が別人の可能性は捨てきれない)。毛穴をみっちり塗りつぶし、目元には正確なブラウンのグラデーションを設置し、眉毛はするどい木の葉型に描いている。髪の毛は上品な茶色で、いつ見てもちゃんとブロウ済みだ。首から上だけ見ると、受付嬢か、ドラッグストア以上大型百貨店以下の何かしらの店にいるBAという感じ。
しかし彼女は、わが町のわりと薄汚い、大きさだけはある商店のフロアスタッフなのだ。首から下は常に、ダサい制服に黄色いエプロンである。同僚には、いかにも下町といった風情の昭和風カジュアルな中年男女か、ひょろひょろした大学生しかいない。
はっきり言って浮いている。彼女は、そのまま渋谷の合コンに行っても問題のないような作り込まれた顔でウロウロしているのである。私はいろんな時間にそこに行くが、口紅のはげた彼女の顔を未だかつて見たことがない。
といっても、ただの美人だったら私も別に気にしたりしない。私が気になるのは、彼女がいつもものすごくつまらなそうな顔をしていることなのだ。
いつ見ても、顔にでかでかと「かったるい」と書いてある。唇の端はへの字に下がり、目は半目がかっている。口をほとんど動かさずに「おまたせしました」「ありがとうございました」を言う。サービスカウンターで客に何か書かせているときなど、見下げ果てているとしか思えないような顔つきで相手を眺めていたりする。
一方で不思議なのは、彼女のポジションがそれなりに高いらしく、パートのおばちゃんたちを仕切っている姿もよく見かけることだ。どうも店の中ではそれなりにベテランらしい。
一体彼女はどういうテンションでこの店のスタッフをやっているのか。買い物するために店に足を踏み入れ、彼女がフロアにいるのを見る度、それを考えずにいられない。
穏当な想像としては、彼女はこの店を経営する会社の正社員で、何かの事情があって短期的にこの店に来ている、というものがある。家は中目黒寄りの祐天寺にあり、服は大抵代官山で買う。普段は明治神宮前にある本社で事務をしているのだが、下町C店のフロアスタッフが交通事故で急遽休みを取ることになり、手の空いている彼女が駆り出されたのだ。下町なんてやってらんないわよ、何のために目黒区に住んでると思ってんのよ、と心の中で悪態をついてはいるのだが、身だしなみに手を抜くことは彼女のプライドが許さない。なんといったってここに馴染む気はないのだから。パートの中年女性たちを威圧するかのように、彼女は今日もDIORのアディクトリップスティックを唇に塗る——。
これとは別バージョンで、「ワケありコネ入社」というのもある。
彼女は店長の姪である。大学卒業後、若くして外資系コンサルタントと結婚し、青山のマンションで暮らしていたが、夫とのすれ違い生活に我慢ができなくなって離婚。実家のあるこのC町に戻ってきた。昼間から鬼殺しのパックを持ったおっさんがうろついているような、マックが年寄りの集会場になっているような、メインストリートを歩いていると独り言をわめいている人間に一日一回はめぐりあうようなC町。彼女にとってここは「ダサかった頃の自分」の象徴であり、忌まわしい数々の思い出の眠る場所でしかない。だから帰りたくなんぞなかったのだが、貯金のない彼女に他の選択肢はなかった。心身ともに疲れ果ててもいた。だから、叔父の好意でこの店に入社してからは、省エネモードでひたすらぼんやり働いているのだ。
まったくここの連中ときたら、青山の人たちと違ってなんと下品なのだろう。時々くるあの女なんて特にひどい。私とそう歳も変わらないだろうに髪の毛はいつもボサボサ、UNIQLOと無印の服しか着ていない上、泥まみれのスニーカーで店に入ってくる。何の仕事をしてるのか知らないが、目の下なんかクマで真っ黒でみっともないことこの上ない。きっと旦那も恋人もいないんだろう。こんな町にいたら、私もいつかああいう路線になってしまうのかもしれない。やっぱりここは私の居場所じゃないのだ。早く次の結婚相手を見つけて、今度は田園調布にでも引っ越したい——。
……そんな感じで、妄想はどこまでも続く。買い物のたびにこんなことを考えているので、彼女のことを一方的に身近に感じはじめてさえいる。事情は知らないが(あるいは特に事情なんてないかもしれないが)、彼女のかったるそうな顔が、妙に私の好奇心をひきつけるのはたしかだ。いつか、こういう人の出てくる小説を書くかもしれない。こんなにかったるそうに働いている人、深夜のコンビニ以外ではなかなか見ないのだ。
こういう謎が、実は町のいたるところにある。それらについて想像を巡らせているだけで、時間はなかなか愉快に過ぎていく。人間の妄想力に勝る暇つぶしはない。いや、というか、想像が時間そのものなのだ。
んで、これは上野毛にある五島美術館の帰りに入った天ぷら屋、「天露」の天丼。おいしかった。
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