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フリーランス&ワンオペ育児の母、会社員に戻る

会社員をするのは、きっとこれで最後だ。

去年、前の勤め先を妊娠中のレイオフで辞めたとき、私はそう思った。

会社員生活はもう充分やった。育児を優先しながら、以前のようにマイペースにライターと漫画家をやっていこう。

本気でそう考えていたのだ。ほんの2ヶ月前までは。

……が、私はこの8月から再び会社員をしている。

結論から言うと、私はこの選択肢に満足している。ただ、子を産んだ人生のままならなさは、改めて五臓六腑に叩き込まれた気がする。

というわけで今回は、フリーランスでやっていくつもりだった一児の母が現実にボコボコにされ、最終的には納得の上、会社勤めを選ぶまでのお話。


シン・喘息でワタシ総辞職ビーム

きっかけは、私の喘息だった。

4月に0歳の子どもを保育園に入れたところ、噂に名高い”保育園の洗礼”をストレートにくらった。

子どもはきっちり1〜2週おきに熱を出す。木金になると具合が悪くなり土日は看病、という日々が続いた。

もっとも、それ自体は想定していたことであまり気にしていなかった。

看病しながらでも、自分が多少熱を出していても、仕事自体はぼちぼちできた。フリーランスなら職場への罪悪感も発生しない。収入さえ妥協できるなら会社勤めじゃないって気楽だな、と呑気に思っていた。

予想外のことが起きたのは、5月の大型連休後である。

連休中、長引いた子どもの風邪にうつったことがきっかけで、私の方が気管支喘息になった。それも猛烈なやつだ。

実は、私はもともと喘息体質である。

子どもの頃はちょっと運動するだけで、ゼエゼエヒューヒュー胸が鳴ったし、風邪をひくとすぐ気管支にきた。

成人する頃にはだいぶマシになり、長時間走ったりしなければ大丈夫という状態は保てていた、のだが……。

あ、これ、日常生活無理なやつ。

喘息症状が出始めてすぐにそう思った。

起きている間中、激しい咳が止まらない。呼吸困難になるレベルの発作も頻繁に出る。

咳で腹筋や腰を使いすぎるため胴体が常に痛い。喋れないし寝られない。寝不足と酸欠により日中も朦朧とする。

食欲がわかないため体重がガンガン落ち、産前よりも痩せてあばらが浮いた。

夜は横に寝ている子どもを起こさないよう、枕やマットレスに顔を埋めて咳をし続けた。

勘弁してほしかった。

小児喘息だった頃を除いて、ここまで酷い症状が出たことはない。出産による免疫力の低下とか、そういうことが影響しているのだろうか。もはやシン・喘息である。多摩川河川敷がやられる。

病院にはもちろん行った。検査も複数したし、その結果をふまえて強い薬をあれこれ出された。しかしこういう症状が一発で治ることはない。

その後も、子どもは引き続きいろんな菌で体調を崩し、その度に私も喘息症状がぶり返して白目をむいた。一回こっきりの症状ではなく、慢性化してしまったのである。

激務で夜遅くまで働く夫も、家庭内感染リレーの最後尾を追いかけてくる。

平日はワンオペだから家事育児の大半はこちらで回すしかなく、仕事の締切だって待ってはくれない。

そうこうしている間にも子どもの身体は大きくなり、後期離乳食の調理でも毎日ドタバタ……。

ほんの最近のことなのに、この時期の記憶はほとんどない。日記をつけていたからどういう状況だったかはわかるのだが。


家事も育児も、ひとつひとつ見ればどうってことないのだ。仕事だって、独身時代であればお茶の子さいさいでできたような量だったりする。

なのに全部が団子になると、そして体がここまで弱ると手に負えない。

何より困ったのは、仕事の予定が立てづらくなったことだ。

子どもが病気になるかも、もしくは私が喘息になるかも……といちいち考えていると、顔合わせも打ち合わせも取材も入れるのを躊躇してしまう。肺が飛び出るような咳をしながらインタビューなどするわけにはいかない。

なんとか自分なりに最低ラインと考える金額は稼いでいたが、それ以上は踏み出せなかった。

これはちょっと、真剣に今後のことを考え直さないと本格的にやばい。


焦るというよりも、むしろ静かな気持ちで危機感を噛み締めた。

その間も、咳のしすぎで活け造りのクルマエビのように跳ねる私。このままでは内閣総辞職ビームである。


脱・マルチオーナーシップ体制

それで私の中で、”人生計画再検討計画”が始まった。

どういう働き方がベストか、一から考え直すのだ。

ものを考えるとき、私はとにかくノートに思考を書き出す。

コピー用紙を使って、『ゼロ秒思考』のスタイルでジャーナリングすることも多い。

昼も夜も、暇さえあればヨレヨレの状態でノートとペンを出し、思い浮かぶことを書き殴った。

今何が不安か、何が怖いか。何をしたいのか、したくないのか。今の優先順位は……。

死に際の老婆のような咳を繰り返し、吸入器を片手に握りしめながら、夜な夜なダイニングテーブルでペンを走らせた。

喘息で声が出なくなっても、子どもが病気で保育園を休んだとしても。100%でなくていいから、自分なりの納得が得られる働き方をしたい。

人に話を聞く機会も増やした。

とりあえず転職エージェントの面談を受けて、自分の市場価値について客観的な意見をもらったり、同じような子持ちの友人に話を聞いたりした。咳をしながら。

昔からの友人で、IT系会社員・インテリア関連の活動・育児の三足の草鞋を履く早さんと、しみじみ語り合ったのもこの頃だった。

「みきさんもnoteに書いてたけど、生活の全てでオーナーシップを持つって大変なんですよね。ずーっと意思決定し続けるわけだから。そうじゃない状態をつくるために、就職してしのぐのもありだと思う


歳は下だが、親としては先輩の早さんに言われて、ちょっと肩の力が抜ける思いがした。

そう、育児を始めて改めて痛感したのは、自営業の私が「育児」を自分の管轄とした時点で、生活の全領域で常にオーナーシップを持つしかなくなるんだよな、ということだった。

我が家は夫が激務であまり家におらず、反対に私は在宅仕事だから、やろうと思えばかなり臨機応変に動ける。

そうなると、家事育児の全体方針やスケジュール、細かなオペレーションはどうしても私がプランニングすることになるし、仕事の方もフリーだからこそ常時それに合わせて設計してしまう。

当然、夫や子どもの状態、自分の健康や心理的余裕、金銭的状況などをいちいち秤にかけ、最悪の事態を想定しつつ、都度都度修正しながら、だ。

この状態はなかなか疲れる。まったく脳が休まらない。多分、同じような状況に陥っている子育て中女性は多いと思う。

ちなみにオーナーシップをAIに解説させると

「オーナーシップとは、個人が与えられた職務やミッションに対して主体性を持ち、取り組む姿勢やマインドのことを指します。オーナーという言葉には「所有者」という意味があり、個人が課題や任務に対し、当事者意識を持って取り組んでいる状態は、課題や任務を他から「与えられる」のではなく自ら「所有」している状態ともいえます」

ということになるらしい。

「課題や任務を自ら『所有』している状態」。

そうなのだ。自ら望んであれこれと抱えているのである。

だから文句は言えない、仕方ない……と思うからこそ、その逃げ場のなさが重い。

あ、誤解のないよう言っておくけど、夫に主体性がないわけではない。相当頑張ってくれていると思う。

あとこれも言うまでもないことだが、子どもは銀河系一可愛い

とはいえ、「その取り組みに対してオーナーシップを持っている人間が二人しかおらず、そのうち一人は不在がち」という状態だと、「できる範囲で頑張っている夫込みで『任務として所有』する」という感覚にどうしてもなる。

もちろん組織で働く時だって、どの階層にいようがオーナーシップは求められるものだ。

でもそれは、「ほぼ一人でまわりの全てに対してのオーナーシップを持つ」という状態ではないことが多い。

ほとんどの場合は、何かしら役割や権限を分割された中でのオーナーシップだし、周りにも同じような状態の人間が複数いる(はず)。

だからこそ、たとえば1時間、あるいは1日、場合によっては1ヶ月誰かがオーナーシップを手放したとしても組織は回る。

しかし、核家族の場合は?

もちろん、1時間や2時間私がサボったところで家が回らなくなるわけではない。時々ならベビーシッターだって家事代行だって雇える。

それでも尚、「私の代わりはいない」という残機ゼロ感は変わらない。

わかっていたはずだった。

しかし実際やってみると、想定していた以上にきついのだ。

思い出してみると、産前に想像していた育児生活の大変さは、育児そのもののきつさだった気がする。寝られないとか子どもが離乳食を食べないとか病気が感染るとか、そういったこと。

たしかに病気にはばっちり感染しているし、そういう大変さもさまざまあったはあった。

でも私が本当に直面したのはむしろ、「何かあったら一巻の終わり」という緊張感のきつさだったと言える。

一人の臨機応変さですべてをなんとかしている状況では、今回の喘息のようなインシデントはカバーできない。

育児自体は楽しくても、その足場の危うさこそが、莫大なストレスとなってしまうのだ。

この状態をやめよう。


いくらか逡巡はあったが、最終的には素直にそう思うことができた。

今はより安全な状態で、落ち着いた気持ちで子どもと向き合いたい。

妥協としてではなく、心からそう思った。

「自分だけが責任を負う、自分で全部決められる生活」が、目的の一部だった時期はたしかにある。

私は組織が苦手だし、一人で勝手にやるのが一番好きだからだ。

でも今は……もしかしたら今だけかもしれないけど、それを目的にしなくてもいい。

家事育児のオーナーシップは手放せないから、残りは仕事だ。

仕事において、自分がオーナーでなくても目的の達成に近づけて、自分の思う社会貢献ができて、自分がピンチのときには助けてもらえる状態を作るにはどうすればいいだろうか?

単純なことだ。自分と目的を同じくする、あるいは自分の目的をそのミッションに含んでいる組織に入ればいい。

……って、就活の基本のキじゃん。

今更そこに辿り着く37歳であった。


会社が来た

自分だけでやらない。組織の力を借り、自分の力も組織の一部にする。

その方向にも、当たり前だがいくつかの選択肢がある。

アルバイト、派遣、契約、業務委託、正規雇用。近所で働くのか、遠方の会社でリモートワーカーをするのか。自分のスキルのどれを活かすのか。

転職サイトなども見つつ、ノートにかじりついて内観を続けた。

そして大量の項目の掛け合わせをシミュレーションした末に、私は結論を出した。

ミッションに共感できて、育児しやすくて、自分のこれまでのスキルをすべて活かせて、副業OKで、裁量が大きいから子どもや自分が多少病気しようが、喋れなかろうが周囲に貢献できる、そんな会社を見つけて社員になろう。

どこまでいってもムシのいい話である。でもそれっきゃない。

いや、もちろん前の会社だって、ミッションに共感したからこそ入社したのだ。そうでなければ5年も勤めたりできない。

ただ前職の就職では、本来だったら私のようなトンチキキャリアの人間が入れるような会社ではなかったことと、きっかけが先方からの声かけだったこともあり、どこかで「まあ入れてもいいと思ってもらえるんなら……」という消極的な姿勢だったことは否めない。

次はそれでは駄目だ。もっともっと覚悟がなければ。

私は、自分が仕事でやりたいことのうち「一人で勝手に」やりたいこととそうではないことを分けて、後者をカバーしている企業を探すことにした。

もちろん、見つからないかもしれない。私レベルの経歴やスキルで、そんな会社に採ってもらえるのかもわからない。まあその時はその時で、オンラインで完結するライティングの低単価案件を山ほどやればいいと肚をくくった。

しかし面白いもので、そう決めた途端、どんぴしゃな会社が見つかったのである。

カジュアル面談に申し込んだら、すぐに本面談を案内され、あっという間に採用が決まってしまった。

ほとんど会社の方から迎えに来てくれたようなスピード感とスムーズさだったし、周りの友人たちからも「あの会社はみきさんに合ってる!」と口々に言われた(どう価値観の掘り出しを行い、どう会社を探したのはまた別の機会に)。

良い会社と出会えて幸運だった。

でも、喘息でいてこまされる前の私ではここに辿り着かなかったと思う。

育児以外何もできず、へばりながらノートに内面を吐き出していたあの時期があったからこそ、結果としてマッチする会社を見つけられたのだ。

ちなみに入社初日は、手足口病で高熱を出した子どもを抱えながらの在宅勤務だった。

それができる会社に入れてよかった、と安心したことは言うまでもない。


育児と仕事、難易度調整むずい

こうして、私はふたたび会社員となった。ライター業ももちろん副業で続けていくつもりだ。

会社員になったことで得られた安心感は、正直大きい。

喘息が出てもできる仕事はいくらでもあるし、「いざというときはカバーします」とチームの仲間や上司に言ってもらえるだけで、実際にカバーしてもらう前からホッとする(もちろんそうならないように最善は尽くすつもり)。

そうか、組織の良さってこういうことだったんだな、と納得する日々だ。

ここまで読んで、「いや、産む前からこのくらいの大変さは想定しておくべきだろ」と思う人も多いんじゃないかと思う。

まあ、たしかに見通しが甘かったことは否めない。しかし育ててみないとわからないことはいくらでもある。

ここまでの喘息症状は予想外すぎたし、ワンオペ度合いも産前の想定よりずっと高かった。

今回のようなピンチは、育児をしている限り、きっとこれからも何度もあるのだろう。

まったくもって平凡なまとめだけど、それが来たらこうやって都度立ち止まって、よく考えて、最良だと思う道を選ぶしかなさそうだ。

育児に限らず、実際のところ人生はその繰り返しなのだから……。


とはいえ、やっぱりこうも思う。

育児と仕事の両立、難易度高すぎる。「バイオハザード1」か?(わからない人すみません)


今時は、二馬力で働かないとなかなか庶民の暮らしに経済的余裕は生まれない。しかし保育園に子どもを入れると、ケアコストや感染リスクで親の労働リソースはてきめんに減る。

そして現時点の社会では、親が二人ならどちらかが全面的に育児要員になるか、片方だけが徹底的に「臨機応変」をやり続ける方が合理的だ、という結論にならざるを得ない。

こういう難しさが、少子化の直接的な要因なのかどうかはわからないが、少なくとも「二人目は無理だな」と考える要因にはなりそうだ。

私なんて、ギャーギャー言っているが、所詮子どもは一人だし、今のところ健康な子だし、全体的な難易度でいったらせいぜいノーマルだろう。

世間にはハードやインフェルノ、ナイトメア(わからない人ごめん)モードで戦っている人がいくらでもいるのだ。ううう……。


それぞれの大変さの中にいる全ての親御さんたちに、心からのエールを送りたい。


そして私の方は、こういう社会を少しでも変えるために、しばらく会社と協力し合いながら頑張ってみようと思う。

産後ちょうど1年、新しいステージの始まりだ。


<了>

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小池未樹
読んでくださってありがとうございました。いただいたチップで新しい挑戦に励みます!