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古代ローマの愛のケース:ケーユクスとアルキュオネーの美しく哀切な夫婦愛

古代ローマの作家、オウィディウス[前43~後18ころ]の『変身物語』第11巻の終わりにあるケーユクスとその妻、アルキュオネ—のエピソードは、私がこれまで読んだなかで、もっとも痛切で美しい夫婦愛の物語だ。
アルキュオネ—の不安をよそに航海に出かけたケーユクスは海上で嵐に遭遇し、溺死してしまう。アルキュオネ—は夢の神モルペウスによって、夫の死を知る。以下は夫の死に慟哭するアルキュオネ—の長い独白の最後の部分だ。

Multum fuit utile tecum
ire mihi : neque enim de vitae tempore quicquam
non simul egissem, nec mors discreta fuisset.
Nunc absens perii, iactor quoque fluctibus absens,
et sine me me pontus habet. Crudelior ipso
sit mihi mens pelago, si vitam ducere nitar
longius et tanto pugnem superesse dolori.
Sed neque pugnabo, nec te, miserande, relinquam
et tibi nunc saltem veniam comes, inque sepulcro
si non urna, tamen junget nos littera: si non
ossibus ossa meis, at nomen nomine tangam.”
Metamorphoseon Liber XI, v. 697-707

あなたと一緒に出発したほうが私にはずっとよかった。もし航海に出ていれば、生きているあいだずっとあなたと一緒にいられたし、離ればなれで死ぬこともなかったのだから。
今、私はあなたから遠く離れたところで死んでしまう、海の波に遠く流されて。私のからだはここにあるけれど、私の魂は海にあります。
こんなにつらい思いをしている私がこれ以上生きながらえ、生き残ろうとするなら、私の心は夫を奪った海よりも残酷だということになってしまうでしょう。
でも私は生きていようとは思いません。可哀想なあなたを置き去りにするつもりはありません。せめてあなたの伴侶として同じ墓所に赴きたいと思っています。その墓所に骨壺はありませんが、墓碑銘が私たちを結びつけてくれるでしょう
たとえあなたの骨と私の骨が一緒になることはなくても、お互いの名前で触れあうことにしましょう

遠く離れた海で遭難死したケーユクスの遺体は海の底に消えた。だから彼の遺骨は彼女のもとにはない。
pugnabo, relinquam, veniam, junget, tangamという動詞の一人称未来形の連なりに、遭難死した夫に寄り添いたいというアルキュオネーの意志が示されている。アルキュオネーのことばは「ossibus ossa meis, at nomen nomine」という同語の反復によって締めくくられる。
アルキュオネーとケーユクスの夫妻は、この後、神々によってカワセミに姿を変えられ、ずっと仲睦まじく過ごした。

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