ビジュアルデザイナーはUXデザインやサービスデザインとどう関わるべきか
「デザイニング・フォー・サービス “デザイン行為"を再定義する16の課題と未来への提言」の日本語版が先日、発売されました。
私は2年ほど前に、この本の英語版を購入し、軽く流し読んでいたのだけれど、日本語版が発売されるということを知り、せっかくだからということで輪読会なんぞを企画してみたわけです。
当初の予定では、こんな本に興味を持つ人なんてせいぜい4-5人だろうと思っていたのですが、蓋をあけてみると10名を超える方々にお集まり頂き確保していた会議室の椅子が足らなくなる事態に。
集まってくれた方々の顔ぶれもサービスデザイナーが中心かと思いきや、UIデザインなどを中心にされていらっしゃる方や、スタートアップで採用広報などをされていらっしゃった方や、なんと弁護士の方まで。
様々な方が来てくださったおかげで、各論文で触れられているトピックについて様々な角度からディスカッションすることができ、とてもじゃないが時間が足らないぐらい。ディスカッションするようなネタが無かったらどうしよう?なんて心配は完全に杞憂に終わりました。
ビジュアルデザイナーと広義のデザイン領域
ディスカッションでは様々なトピックが登場したのですが、その中には「ビジュアルデザイナー」が今後どうするべきか?について、がありました。(なお、本記事では説明を簡易にするために、紙ものやWebやUIなどの領域を中心に活躍するデザイナーを、ビジュアルデザイナーと呼びます。)
デザインの領域はこれまで紙ものやWebやUIなどのビジュアルデザイナーが得意とするビジュアル中心でしたが、近年ではUXやサービスデザイン、あるいはデザイン思考という概念が登場しています。
良いプロダクトを作るためにUXやサービスデザイン的な概念を理解し、設計することが必要だろうという考え方に異論を唱える人は少ないと思うのですが、そもそもビジュアルデザイナーがUXデザインやサービスデザインを学び、実践する必要はあるのでしょうか。
そもそも、ビジュアルデザイナーが仕事の幅を出そうと考えたときに、必ずしもUXデザインを選ぶ必要は無いはずです。フロントエンドのエンジニアリングに長けたUIデザイナーがいらっしゃるように、エンジニアリング方面を学び実践しても良いわけですし、あるいはマーケティングやプロジェクトマネージャーなど、様々な可能性があります。
その中で、なぜUXデザインやサービスデザインがよくフューチャーされるのか。それはビジュアルデザイナーの持つ、基本的なスキルセット、つまり人間を理解し可視化するといった能力を活用しやすい領域で、サービスデザインという分野が誕生した頃からデザイナーの先輩方がUXやサービスデザイン分野に手を伸ばし分野を構築してきたからという歴史的な背景があるのではないかと思います。
しかしながら「デザイン」あるいは「デザイナー」という肩書であるばかりに、デザインと名のつく領域をすべてカバーしなければならないというプレッシャーがあるのだとすれば、これはビジュアルにフォーカスしたいビジュアルデザイナーにとっては必ずしも良いことではないはずです。
もちろん、これはUXデザイナーやサービスデザイナーにとっても同様の話があり、デザイナーと肩書につくばかりにビジュアル面での貢献が期待される場合もあり、やはりこちらも何らかのギャップが存在するのでしょう。
デザイン分野における新しい肩書:スタイラーやリサーチャー
とはいえ、期待される役割が全く異なるのに、同じデザイナーという言葉を使い続けるのは混乱のもとである。そういった理由かどうかはわかりませんが、近年では、似たような業務であるが異なる肩書を使う組織、あるいは人が増えてきているように感じます。
例えば、とある電機メーカーでは、従来デザイナーと呼ばれていたビジュアルデザイナーの方々を見た目を整える(スタイリング)するひとの意でスタイラー、サービスデザインやデザイン思考を活用する方々のことをデザイナーと呼んでいるとのことを聞きました。
一方で、デザイン思考を活用してUXデザインやサービスデザインに取り組む方々を(デザイン)ストラテジスト、(デザインあるいはUX)リサーチャーと呼ぶ場合もあるように感じています。
サービスデザイナーやUXデザイナーの職域は課業は、業界や企業によって異なり、統一されたものはありあせんが、いわゆるデザインプロセスの中において、ビジュアルデザイナーが取り組まない領域の大部分を担当する方々に対する呼称として定着しつつあるようにも感じます。
このように、デザイナーという言葉が持つ意味がひろすぎるために、より自分自身を表現する肩書を模索する実情もあるのでしょう。
実績こそがデザイン領域としてのプレゼンスを高める王道
輪読会の最中に著者のひとりからfacebookで連絡を頂き、彼女と会う機会あありました。Twitterで本の輪読会をしているのを知ったのだそうです。
最後にあったのは5年ぐらい前、ロンドンのハマースミスのあたりでサンデーブランチを食べたときでした。長い日時が経っているにも覚えてくださっていたのは素直に嬉しいですね。実際にお会いして、お互いの近況などを話しているときふと肩書の話になりました。
「木浦さんは名刺の肩書、何にしてますか?」
私の場合、名刺の肩書は会社によって異なります。「サービスデザイナー」や「デザインストラテジスト」の場合もあれば「UXエンジニア」の場合もあるし「デザインエンジニア」として名乗っている場合もある。なんなら「エンジニア」と名乗っている会社もあれば「カスタマーサクセス」の場合もあります。自分の会社、アンカーデザインの場合は「代表取締役社長」にしています。
デザイン業界に関係者にとって、名刺の肩書というのは非常に悩ましい問題のひとつであることは間違いないのでしょう。
私の見知った範囲だとUIデザイナーやワークショップデザイナー、ビジネスデザイナーのように、自分がデザイン対象とする領域を明確に定めて肩書として使用している人もいます。一方で、ダイアローグデザイナーやコンテクストデザイナーのように、自分のデザイン対象はつまり何か?を考えた上で、これまでになかった新しい肩書を作り、名乗っている方々もいます。
名刺の肩書は自由ですが、自分をいかにブランディングするかという話でもあります。そういった観点から考えたときに、サービスデザイナーという肩書は非常に悩ましい。
サービスデザイナーという名称から一般の方々がイメージされるのは、サービスを企画する人という意味です。これはサービスデザイナーの役割のひとつではあるものの、いわゆるサービスデザインとはアウトプットも異なるし、プロセスについても異なる場合が多いでしょう。
この先、日本においても、サービスデザインという分野が発展していくことに疑いの余地はなく、私自身としても、アンカーデザインとしても、そのために尽力していきたいとは思っていますが、サービスデザインに対する認識を広くアップデートするには相応の時間が必要でしょう。
デザイナーという呼称からビジュアルデザインを我々が思い浮かべるのは彼らが相応の実績を出してきたからです。サービスデザイナーがそれに肩を並べ、デザイナーとしての地位を獲得するにはやはり、実績で語るのがひとつの方法なのだろうと感じるのです。