ブラジリアン柔術をはじめてみませんか5
虚勢と無縁になり、本来の目的を見失わなくなる
とても卑近な例ですが、会員さんから
「昔は、道端にヤンキーが2〜3人座っていると少しビクビクして、ちょっと離れるように歩いていましたが、最近はそういうのがいても全然平気になりました」ということを言われることが時々あります。
それはその人が強くなったから自信を持てるのだろう、と言われるかもしれませんが、それは違います。いくら柔術が強くても、ヤンキー2〜3人が同時に本気でかかってきたら高い確率でやられるからです。
では、単なるうぬぼれで、その会員さんはヤンキーを怖がらなくなったのでしょうか?それとも自意識過剰だっただけで、柔術の練習のおかげでそうではなくなったからなのでしょうか?
それらの可能性ももちろんありますが、僕は以下のように考えています。
社会生活をする上で、上下関係はつきものです。組織であれば、それは単に目標達成のために経験や知識のある者が指示を出し、成長過程の者がそれを受けて作業をする、という役割分担の流れを示す矢印に過ぎません。しかし、それに余計な価値観がついてきて、どちらが優れている、劣っている、というレッテルを貼りの争いになることも少なくありません。
原始時代であれば、それは最終的に格闘で優劣をつけたのかもしれませんが、現代はそういうわけにはいきません。なので「虚勢」が使われることになります。しかし、その争いは目標達成と無縁のものなので、本質的にはエネルギーの無駄使いでしかありません。
そして、型稽古のみでない、実際に本気で組み合う練習をする格闘技を経験した人は、無意識にしろ「虚勢の張り合い」をある程度無視できるようになるのではないかと考えられます。なぜなら「虚勢の張り合い」は「実際の格闘」の単なる代替だからです。虚勢の張り合いの奥にあるものを知らない人はそれに恐れを抱くので、虚勢で負けないようにそれにしがみついたり、勝てない場合は諦めて現実から逃げたりしてしまいます。奥にあるものを知っている人は、虚勢を無視してフラットに現実を観察して考えられるようになれる。つまり本来の目的を達成しやすくなるのではないか、というのが僕の仮説です。
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