AgTechがもたらす日本農業の産業化への期待

https://www.nttdata-strategy.com/pub/infofuture/backnumbers/52/no52_report03.html

日本は『FinTech元年』、アメリカは『AgTech元年』
 2015年、日本はまさに『FinTech元年』だった。2016年はフィンテック企業への投資がさらに急増しており、世界で240億ドル※1と過去最高を更新する見通しとなっている。
 金融(Finance)と技術(Tech nology)を融合させた『FinTech』は、企業活動や消費行動、お金に対する価値観に大きな影響を与えており、金融業界におけるイノベーションが一段と加速する可能性が出てきている。また、金融業界だけではなく、様々な業界にも波及している。
 一方、アメリカは『AgTech元年』であった。『AgTech』は、FinTech同様、農業(Agriculture)と技術(Technology)を融合させた造語である。人工知能や情報科学、ロボティクスをはじめとした先端技術を農業に応用させることを『AgTech』と呼んでいる。AgFunderの調査※2によると、2015年のAgTechビジネスに対する投資額が急速に増加しており、2014年と比べて約2倍の46億USドルを記録し、FinTechやCleanTechの投資額を上回ったそうだ。
 アメリカでは『FinTech』は既に発展期に入っており、現在は、『AgTech』ビジネスに大きな注目と投資が集まっている。『AgTech』への注目の高さは、Googleの会長Eric Schmidt氏が発起人となり、2014年にAgTechスタートアップを資金や技術面で支援する集団として『Farm2050』を立ち上げたことからも窺える。FinTech同様、『AgTech』もこれまでも存在していた市場が新たなテクノロジーの出現及び実用化によって、イノベーションを引き起こす可能性が高まっている。

『AgTech』が注目される理由
 アメリカで『AgTech』が注目を集めている理由としては、主に次の3つが考えられる。FinTech同様、テクノロジーの発展により、様々な展開の可能性が広がったことも大きいが、アメリカでは、世界の食料危機に対する解決策のひとつとして、農業技術そのものを発展させる狙いの方が大きい。

① 世界の爆発的な食料需要増加に対する解決策
2050年には世界人口が96億に達し、食糧生産量を現在より70%増産する必要がある。
② 環境配慮や健康志向の高まり
環境配慮や健康志向の高まりにより、農薬などの化学物質の使用量が少ない農作物に対する需要が高まっている。
③ テクノロジーの発展
テクノロジーの発展により、IoTやドローン、人工知能等が、農業の現場にも適用可能となった。
 『AgTech』は、日本でも注目されている。2013年より「スマート農業の実現に向けた研究会」を立ち上げ、情報技術やロボット技術等を農業に応用する取組みが進められてきた。「日本再興戦略2016(H28・6閣議決定)」では、農業分野の生産性を抜本的に改善するため、具体的施策として人工知能(AI)やIoTの活用を位置付け、「人工知能未来農業創造プロジェクト(仮称)」に取組み始めている。しかし、『AgTech』に注目する理由は、アメリカと大きく異なる。日本の農業は、TPP妥結や高齢化による大量離農による労働力不足という、戦後以来の大転換期を迎えている。2040年には20万人の労働力不足が見込まれており、後継者不足が他産業よりも深刻な問題となっているが、いまだ人手に頼った重労働が行われている。新規就農者を増やし、安定的な食料生産を達成するためには、さらなるコスト削減及び農作物の高付加価値化を図るとともに、現在の篤農家の経験と勘に頼った栽培方法からロボット技術やICTを活用した新規就農者への円滑な技術伝承が急務となっている。日本では、高齢化による労働力不足への解決策としてAgTechの普及に期待をしている。
 農水省は、技能伝承におけるAIの活用を促進させるため、2016年度の補正予算に117億円、17年度概算要求に52億円の予算を盛り込んでおり、AI等の最新技術を活用し、習得に数十年かかった技術を若者などが短期間で身に付けられるシステム等の構築を目指している。
 アメリカと日本で着目する観点は異なるが、いずれにせよ、AgTechは、社会問題解決策のひとつとして期待されている点は、同じである。

AgTechをブームで終わらせないために
 FinTechが発展するきっかけとなったのは、スマートフォンの普及と言われている。スマートフォンの普及により消費者行動が変わり、消費者ニーズに合わせて金融サービスのオンライン化が一気に加速した。金融サービスのオンライン化が進むことにより、データの生成・収集・蓄積が行われ、ビッグデータや人工知能によるデータ分析が可能となり、従来とは異なるサービスが次々と登場している。
 農業も金融業界同様、市場成長のカギはいうまでもなく、いかにデータを生成し、収集・蓄積ができるか否かである。環境情報、生体情報、農作業情報などのデータが生成されることにより、その中から価値ある農業情報を抽出し、新しい農業ビジネスを展開することが可能となる。

 日本が目指しているオランダの先進農業は、オープンイノベーション方式を取っており、情報を公開することでさらなる技術革新に繋がる仕組みを構築している。収集・蓄積された様々なデータは、オンラインで生産者グループや協力企業、農業コンサルタントらと共有され、経営改善や作物栽培に役立てられている。まさに農業分野にテクノロジーを融合することにより、既存情報・サービスに付加価値をつけて新しい農業ビジネスを創造している。
 オランダの施設園芸用複合環境制御装置メーカであるPriva社、Hortimax社、Hoogendoorn社等は、世界中に環境制御システムを導入することにより、全世界の栽培データを収集・蓄積しており、これが大きな強みとなっている。こうしている間にも、Priva社等の制御システムを導入している日本の施設園芸ハウスは、制御システムを介して貴重な栽培データを無償で吸い上げられているが、このことに危機を感じている農業経営者は多くない。
 現在日本は、農業関連情報がデータとしてほとんど蓄積されていない状況である。オランダは数年前に「農業共通情報プラットフォーム」を構築済みであるが、日本では、まだガイドラインの作成等、基盤の整備中である。
 「農業共通情報プラットフォーム」の構築に時間が掛かっている要因のひとつに、日本は中小規模農家が8割を占めているため、システム導入に対する投資対効果が低いことが挙げられる。また、全国の圃場※3データの収集には、費用だけではなく、膨大な時間と労力がかかる。データを収集・蓄積、分析、活用することのメリットを大きくするためには、コストと手間を最小限とする必要がある。
 そのため、中小規模農家が8割を占める日本の場合は、安価なセンシング技術の普及が不可欠である。最近では、ペーパーエレクトロニクス技術を活用した使い捨てできる紙のセンサなど、異分野の知識・先進技術を農業に応用した農業技術イノベーションが創出されている。この技術が普及すれば、農家は、家庭用インクジェットプリンタを使って、安価にセンサを作成し圃場環境を計測可能となる。
 また、周りの環境から微小なエネルギーを収穫するエネルギーハーベスト技術と組み合わせることにより、紙のセンサに無線で電力を供給することができる。つまり、土に還る紙のセンサを用いて、農業情報を収集することが可能となる。データが収集・蓄積されれば、そのような収集データを分析・解析することにより、例えば、次のような新しいサービスを提供可能となる。

〈農業経営体向けの収入補償保険サービス〉
・収集・蓄積した全国の様々な農業関連情報(栽培環境、土壌データ、収穫量等)と既存オープンデータ(気象データ等)を活用することにより、農作物の収穫リスクを分析。  
⇒ これにより、農業経営体に対して、作物や農地ごとに最適な収入補償保険サービスを提供。

〈農業経営体への融資評価情報の構築〉
・農作物の収穫量予測情報や、全国から収集した栽培環境情報等を解析したリスクを分析。  
⇒ これにより、成長・収益予測を加味した与信スコアリングモデルを構築し、農業経営体への融資評価に活用。

 栽培環境や作物状況、ノウハウなどのデータ化・形式知化が進み、技術と体系的に利用されることにより、農業は高度な知識産業・情報産業へと脱皮する。これにより、農作業のワークスタイルが変革される。

 世界で注目と投資を集めている『AgTech』。金融業界も農業同様に規制産業であるため、これまで新規参入が難しいとされてきた。しかし、金融業界が技術革新により、規制の影響を受けない分野から新規参入する企業が増えたように、農業もAIやIoT等の技術革新により同じ変遷を歩みつつある。
 日本では、2015年の農地法改正、60年ぶりの農協改革など、農業は、戦後以来の大転換期を迎えており、農政の抜本的な改革と規制緩和が進んでいる。このような潮流の中、緑の革命以降、新たなイノベーションが生まれていなかった農業分野において、『AgTech』によりどのようなビジネスモデルのイノベーションが創出されるのか。
 『FinTech』の登場により金融のビジネス変革がもたらされたように、『AgTech』の普及により、日本の農業が抱える課題解決に貢献する新しいサービス・ビジネスが創出され、知を価値に転換する時代が到来するだろう。このチャンスをつかみ、『AgTech』が日本農業の産業化をもたらすことに期待したい。

※1 日本経済新聞 朝刊(2016/9/8付)
※2 AgTech Investing Report 2015(https://agfunder.com/research 2016/9/8現在)
※3 農産物を育てる場所

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