Agricultural Revolution 4.0 持続可能な農業がもたらす新たなビジネスチャンス ~エネルギー消費型農業からエネルギー創造・利用型農業へ~

https://www.nttdata-strategy.com/pub/infofuture/backnumbers/55/report08.html 

FAO(国際連合食糧農業機関)は、2050年の世界人口97億人を養うためには、食料生産全体を現在よりも1・7倍引き上げる必要があるとしている※1。しかし、近年の異常気象や干ばつなどの気候変動は、農作物の収穫量に大きな影響を及ぼしている。観測史上初の相次ぐ台風上陸の影響により、北海道産ジャガイモが不足し、ポテトチップスが販売休止に追い込まれ、日本全土に衝撃が走ったのは、記憶に新しいところである。
 農業セクターは、世界の温室効果ガス排出量の5分の1を占めており※2、食糧供給だけではなく、気候変動緩和においても重要な役割を担っている。現在、『AgTech(農業×テクノロジー)』の普及が進められているが、世界的な食糧問題と気候変動問題の解決を視野に、早くも次のビジネスチャンスとなる『第4次農業革命(農業×バイオテクノロジー)』が動き出している。
 しかし、現在の『AgTech』及び『第4次農業革命』には、エネルギー創造に関する視点が欠如しており、持続可能な農業の実現には至らないと思われる。
 本稿では、世界人口が97億人に達する2050年に向け、現在欧米で注目を集めている『第4次農業革命』に関して概説し、持続可能な農業を実現するためには、エネルギー消費型農業からエネルギー創造・利用型農業への転換が必須であることに関して言及する。

化石燃料依存型の近代農業
 「緑の革命」以降、化学肥料や農薬の開発、潅漑施設・農業機械の進展など、さまざまな技術革新が起こり、エネルギー多投入型の農業生産システムが定着した。近代農業は、化石燃料に大きく依存している。食糧生産量が画期的に向上した反面、化学物質の多用による土壌汚染、食の安全性の問題、水不足など、負の影響も同時にもたらしている。
 さらに、エネルギーの多投入により進歩してきた近代農業は、世界の温室効果ガス排出量の5分の1を排出しており、気候変動に大きな影響を及ぼすとともに、気候変動の影響を受けて食糧生産性の低下を招いている。

 また、世界の人口増加や新興国の経済発展により食肉需要が急増し、2050年の世界のタンパク質需要は、現在の約2倍になると予測されている。食肉1㎏の生産に必要な飼料は、牛:20㎏、豚:7・3㎏と膨大なエネルギーが必要であり、極めて非効率的な生産となっている。

 加えて、農作物1㎏を生産するのに必要な水は、米:3・6t/㎏、牛肉:20・6t/㎏と、作物や食肉の生産には水も大量に消費している。

 農業セクターにおける気候変動対策は、気候変動の緩和だけではなく、安定的な食糧生産においてきわめて重要な役割を担っている。農業における気候変動への適応策と緩和策のコベネフィットを最大化するためには、現在の農業生産システムを抜本的に改革することが必須である。
 2050年の世界人口97億人に向け、農業セクターの生産性及びレジリエンスを高め、持続可能な農業へと転換することが喫緊の課題となっている。

食糧問題の解決策として期待される第4次農業革命
 近代農業は、自然科学的要因だけではなく、社会科学や政治的要因なども複雑に絡んでいる。近代農業の課題を解決し、持続可能な農業へと転換する施策としては、主に以下の3つが取り組まれている。

(1) フェイクフードでの代替(植物バーガー、植物エビなど)
(2) AgTech(農業×テクノロジー)の活用
(3) バイオテクノロジーの活用(品種改良、遺伝子組み換え、培養)

(1) フェイクフードでの代替(植物肉、植物エビ)
 米国の西海岸では、環境に優しく健康的な「次世代の食」として、植物性タンパク質を原料として肉やエビを模倣したフェイクフードが注目を集めている。食肉は一切使用せず、エンドウ豆や大豆を原料に用いて、鶏肉、豚肉、牛肉の味や食感を再現している。
 Beyond Meat(植物肉)と同量のタンパク質を生産するのに必要な飼料は、牛肉だと10倍、豚肉だと4倍必要といわれている。牛や豚などの家畜を飼育するよりも投入するエネルギーが大幅に少ないため、環境負荷が小さいとされている。
 今後の人口増加だけではなく、気候変動への関心と健康志向の高まりを追い風に、アメリカでは、Beyond Meat(植物肉)の販売額が昨年1年間で8・7%増加しており、植物を使った様々なフェイクフードのスタートアップが立ち上がっている。成長分野としての注目の高さは、ビル・ゲイツ氏がフェイクフードビジネスに100億円以上を投じたことからも窺える。
 日本では、三井物産が2015年から植物タンパクの食品ベンチャー企業に出資しており、日本をはじめとするアジア地域での事業展開を目指している。
(2) AgTech(農業×テクノロジー)の活用
 欧米では、世界の爆発的な食料需要の増加に対する解決策や環境配慮、健康志向の高まりにより、『AgTech』が注目を集めている。『AgTech』は、FinTech同様、農業(Agriculture)と技術(Technology)を融合させた造語である。人工知能や情報科学、ロボティクスをはじめとした先端技術を農業に応用させることを『AgTech』と呼んでいる。
 マッキンゼーの調査によると、ベンチャー企業による食料および農業分野への投資額は、2013年は9億ドルだったが、2015年には46億ドル※3と5倍に増加し、FinTechやCleanTechの投資額を上回ったそうだ。FinTech同様、『AgTech』もこれまでも存在していた市場が新たなテクノロジーの出現及び実用化によって、イノベーションを引き起こす可能性が高まっている。
 日本でも高齢化による労働力不足や篤農家の技能伝承問題への解決策として、『AgTech』に期待が高まっている。アメリカと日本で着目する観点は異なるが、いずれにせよ、『AgTech』が社会問題解決策のひとつとして期待されている点は同じである。
 緑の革命以降、新たなイノベーションが生まれていなかった農業セクターにおいて、『AgTech』の普及は、新たなビジネスモデルのイノベーションが生まれることを期待されている。  
(3) バイオテクノロジーの活用(品種改良、遺伝子組み換え、培養)
 気候変動対策及び食糧問題の回避手段として、バイオテクノロジーを用いた品種改良、遺伝子組み換え、細胞培養などの食糧増産への取り組みが、新たなビジネス分野として注目されている。
 日本では、イネなどの品種改良が進められており、収量が多く倒れにくい品種や高温耐性品種の開発をはじめとした温暖化適応策の導入・普及に取り組んでいる。
 欧米では、現在の食肉生産システムでは世界で高まる食肉需要に供給が追いつかなくなってきていることより、バイオテクノロジーを使用して、牛などの筋肉細胞を人工的に培養する培養肉の研究開発が進められている。
 人工培養肉は、理論的には牛の筋肉細胞数個から1万t以上の牛肉が生成できるため、環境負荷が小さいとして、次世代の食材と期待されている。2021年頃の市場展開を目指している人工培養肉だが、技術的な課題がいくつか残っているほか、環境負荷が小さいとされているものの培養にはエネルギーがかかるため、LCAの評価も賛否両論ある状況である。
 現在、農水省は『AgTech』の普及・拡大を推し進めているが、欧米では、2050年の人口爆発に向け、早くも『第4次農業革命』となり得るバイオテクノロジーを活用した人工培養肉など、フェイクフードの開発が急ピッチで進められている。  
持続可能な農業の実現にはエネルギー創造・利用型農業への転換が必須
 世界の食糧問題や環境負荷に対する取り組みに関して上述したが、いくらテクノロジーが革新され、農業セクターの生産性の改善や、環境負荷が低いとされる植物肉やエビ、培養肉の生産が確立されたとしても、現在のままでは、持続可能な農業の実現には至らない。問題なのは、『第4次農業革命』においてもエネルギー創造の視点が欠如していることである。
 世界の食糧問題や気候変動の解決策とされている、『AgTech』やバイオテクノロジーの利用には、膨大なエネルギーを必要とする。生産過程におけるエネルギー消費量をどんなに削減しても、エネルギーの投入は一定規模以上必要であり、化石燃料依存の農業システムからは脱却できない。化石燃料依存から抜け出すためには、省エネではなく、エネルギー創造の視点が不可欠である。
 また、創エネすることにより、エネルギー利用の制約がなくなれば、生産物の高付加価値化と低コスト化に繋げることが可能となる。
 化石燃料への依存から脱却した持続可能な農業とするためには、現在のエネルギー消費型農業からエネルギー創造・利用型農業への転換が必須である。『AgTech』やバイオテクノロジーの活用だけではなく、農業セクターに創エネの視点を導入することにより、『第4次農業革命』は新たなビジネスモデルのイノベーションを起こすと考えられる。
 2050年には食卓に培養肉などのフェイクフードが並ぶのが普通となっているかもしれない。エネルギー創造・利用型農業へ転換することにより、『第4次農業革命』が世界の食糧問題と気候変動問題の解決に寄与し、新たなビジネスチャンスをもたらすことに期待したい。

※1 FAO, How to Feed the World 2050, 2009
※2 FAO, The State of Food and Agriculture, 2016
※3 AgTech Investing Report 2015、マッキンゼー分析https://www.nttdata-strategy.com/pub/infofuture/backnumbers/59/report09.html

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